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へっぽこ鬼日記 幕間一

幕間一 篠崎陽太視点
*篠崎陽太視点



 あぁ、この方ほど素晴らしい鬼は存在しない――。

 東条の忍を流れるような動作で打ちのめす主(あるじ)を見て、オレ――篠崎陽太(しのざきようた)――は感動に身を震わせながら息を呑んだ。

 物心ついた頃には既に親兄弟から恭様に仕える事を耳タコのように聞かされていた。
 篠崎家は東鬼一族の中でも名家として名高い藤見家に古くから家臣として仕えている。
 オレの父親である篠崎家の主は、藤見家現当主である義正(よしまさ)様に仕えており、三人の兄達も藤見家のご子息に仕えている。もちろん、オレも四男の恭様に。
 両家の繋がりは随分と昔へ遡らなければならないので割愛するが、篠崎家が藤見家に絶対の忠誠を誓っている事だけは過去も未来も変わらない真実だった。

 昔から恭様は人付き合いが上手く、無駄な敵を作らず生きてこられた。
 それは恭様という人が慈悲深くて愛されるべき存在だからだと、そう思っていた。
 しかし恭様の傍で仕える内に、それが大きな間違いである事を知った。

 人受けする優しい微笑みの裏側に、残酷な考えが潜んでいる事に。
 一つの情報を仕入れれば多数の策と己が望むままの結果へ導く鬼才ぶりに。

 恭様が愛されているから出来上がった環境ではない。
 恭様は自分の望む環境を自分で作り、楽しみのために維持し、そして最後にはご自分で壊しているのだ。

 それに気づいた時、ぞくりと震えた。
 体が震えたのではない。心が、魂が悲鳴を上げるように震えたのだ。
 恐怖からの震えではない。
 好意? 憧れ? 尊敬?
 いいや、そんな言葉では簡単に片づけられない。そう、この感情はきっと――藤見家と篠崎家を結び付けている魂の呪縛……。




 それからというもの、恭様の素晴らしさを感じるたびにオレの心が喜びの悲鳴を上げた。
 認識してしまってからは、常に魂で恭様を敬愛しているのだ。

 ウットリ眺めすぎて、視線がウザイと殴られた事もあるが喜んで受け入れた。
 (何度か繰り返す内に殴られなくなった。何で?)

 見聞の旅に出ると聞き半泣きで恭様に縋りついた時に受けた罵りは目標となった。
 (『お前みたいな足手纏いゴメンだぜ』と言って俺に華麗な回し蹴りを……! つまり恭様が留守の間は滅茶苦茶役に立つ臣下になる為、修行しておけ!って事ですよね?)

 五年も音信不通になって藤見家四男死亡説を流した恭様の深い考えには脱帽だった。
 (これも策の一つなのですね、恭様!)

 音信不通の恭様が見つかり藤見家と篠崎家総出で恭様捕獲大作戦を決行した時は全力で挑ませて頂いた。
 (修行の成果をお見せする機会を下さったのでしょう……っ!)

 東条の城に来るまでの道のりで、忍の下手な尾行と共に恭様に撒かれた時は心臓が止まりそうになった。
 (これは新たな試練ですか恭様あああ!)








 そして今、天井裏に潜んでいた忍に去るように言い放った恭様、にオレは今日何度目か明確でない感動を覚えていた。
 行燈の照らす室内に佇むだけなのに様になっている。一般の鬼とは確実に違う、上に立つ者だけが許された存在。

 広間に今回の目的となった『花姫様の婿候補』が並んだ時は、思わず鼻で笑いそうになった。
 恭様の足元にも及ばない、甘やかされてぬくぬくと育ってきた他の婿候補に。
 恭様が権力や地位に興味がない事を知っているからこそ、物欲にギラギラと目を光らせる彼等が更に惨めに思えた。
 そもそも恭様と並んで座ることすら光栄な事なのに……。

 五年という期間で恭様がどれだけ鬼としての能力を上げられたのか、気になって仕方がない。
 離れていた期間が長すぎて、何から聞けば良いのかもわからない。
 質問したい事もオレから話したい事も沢山ある。

 だけど、逸る気持ちを抑えてオレは自分に言い聞かせた。
 恭様はオレを従者として傍に仕える事を許して下さっている。
 それに五年前みたいな役立たずなオレじゃない。
 恭様がオレの先を歩くのは生まれた時から決まっている事。
 オレは恭様の少し後ろを、置いて行かれないよう一生懸命に追えばいい。
 従者として確実な立場として傍に居る事ができるオレは幸せ者以外の何者でもないのだから。

 恭様、オレは貴方の為にオレの全てを揮(ふる)います。
 オレは貴方の為に、貴方を傷つける全てからお守り致します。
 貴方がオレを必要じゃないと心から言い捨てるその日まで。



 オレ、篠崎陽太は藤見恭様にお仕えする事をお約束致します。
 きっと俺は、藤見家と篠崎家の魂以上に、貴方に仕える事を望んでいるのだから――

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