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へっぽこ鬼日記 第六話

第六話 届かない想い
 出入口である襖をボーっと見ていると、廊下からドタドタと多くの足音が聞こえてきた。
ついに花姫様のご登場ですか?と心躍らせた俺だが、現れたのは美女ではなく男。

 襖から入って来たのは他の婿候補三人の従者と、重そうな荷物を担いだ数人だった。
 得意顔で座っている婿候補三人の後ろに高級そうな葛籠(つづら)が置かれていく。
 葛籠の中身が何か従者に確認した婿候補達が丁寧な足取りで上座の当主様に近づき、品物を披露してる。
 上座側がワイワイと賑わい始めた中、俺と陽太は蚊帳の外状態だ。
 婿候補達が座っていた場所にまだ葛籠が多く残っている事から、それは花姫様への贈物である事が推測できる。

 何コレー。いきなり贈物攻撃だよ。しかも当主様から攻略開始だよ。
 周りから固めていく戦法っつーか、親に媚ておくっつーか。

 呆然としてその光景を眺めていると誰かにフフン、と鼻で笑われた音が聞こえた。
 笑ったのは婿候補三人のうちの誰かだとは思うが、特に怒りはなかった。
 それよりも多すぎる贈物に俺の思考がついていけないのだ。もしかしてコレも鬼の常識? と思っていたら興味深そうに陽太が口を開いた。

「他家の従者が不在だとは思っていたのですが、この為だったのですね。藤見家は基本的に贈物をしない風習ですので珍しく感じてしまいます。まぁ、藤見家の事は東条の当主様もご存じのはずですから問題ありませんよ」

 ナイス解説だな陽太、さすが心の友。
 へぇ、スゲーな藤見家。東鬼一族の長にもヘコヘコしねぇのか。
 マイペースなのか空気読めてないのか微妙だ。
 とにかく俺の立場がピンチになる事は避けられるようなので良いだろう。
 藤見家の風習という独自のものがどこまで通用するかは不明だけど、陽太が上手くフォローに回ってくれる気がする。


「藤見殿は手ぶらでございますかな?」
「生憎(あいにく)ですが、藤見には物を贈る風習がございません」

 心配しての発言か、嫌味かの問いかけ(恐らく後者)にハッキリとした返事をする。
 よし言えた。滅茶苦茶自信を持って笑顔で言えた。
 今まさに聞いたばかりだもんね!陽太から聞いたばかりだもんね!!
 節約精神の強い藤見だぜ。極論を言えばケチなだけだと思うけど。
 しかし俺に突っ掛かる彼は納得していないようで、奇怪そうに眉を寄せたのが確認できた。
 更に手にしていた扇で口元を隠しながら、まるで可哀相なモノを見るかのような視線を向けてくる。

「なるほど、礼儀を知らぬようですな」
「それは大きな独り言でしょうか。それとも藤見家への侮辱ですか?」

 ……今のは流石(さすが)にカチンときたので言い返してみた。
 ケンカ売ってるなら買うぞコラ、という意味を込めて笑顔で告げる。
 何か背後からビリビリとした圧力が掛かっているような気もする。
 確認するまでもなく陽太だ。そりゃ仕えてる家を馬鹿にされたら怒るよ。

 そんな陽太の圧力(殺気?)に屈したのか、扇の彼は苦虫を噛潰したような顔をして『独り言だ』と小さく呟いた。
 ははは! やったな陽太、お前の勝ちみたいだ!


「それは良かった、後者でしたら大変な事になっていたでしょう」

 ホント、陽太が怒り狂ってしまうトコロだったよ。
 陽太は良妻だけど見た目が不良(ヤンキー)だから怒ったら怖いと思うんだ。
 ほら、大人しい子ほど切れたら怖いって言うでしょ。や、陽太は別に大人しくないけどさ。そんな感じ。

 そんな俺達の存在を無いモノとしたのか、扇の彼は当主様への贈物の説明に戻ってしまった。
 俺以外の婿候補三人は葛籠から品物を次々に取り出しては披露する事を続ける。





「克彦様」

 贈物のお披露目が一段落した頃、凛とした声が襖の向こうから掛けられた。
 無意識の内に自分の背筋が伸びる声に落ち着いていた緊張感が蘇る。

「小萩か」
「はい。花姫様がおいでになられました」

 ついに待ち望んでいた瞬間が訪れた。
 当主様は上座側に居た婿候補3人を席に戻るよう指示し、再び襖に言葉を投げる。

「わかった、通せ。さぁて婿殿達、待望の花嫁のお越しだぜー?」

 音もなく襖が開き、小萩さんを先頭に女中さんが何人か連れ立って上座側にある花姫様の席を整えた後、流れるような美しい歩行で薄紅色の着物に身を包んだ花姫様らしき女性が現れた。
 少し俯き加減なので直接顔を拝見する事はできない。
 逸る気持ちを抑えている中、小萩さんと女中さんに促されるように席につき、次いで小萩さんが上座より一段低くなっている場所……花姫様の斜め前脇に腰を下ろした。
 一緒に部屋に入ってきた女中さん達は当主様が飲んでいた酒等を持って広間を退出する。

 そして、ついに、席についた花姫様が俺達の方に顔を上げた――

「――――……っ!」

 花姫様を見た瞬間、俺の頭にはピシャーン!と雷が落ちた。
 全身に痺れが走り一瞬思考が麻痺を起す。



 透き通るように白い肌。濡れたように艶やかで黒く長い髪。
 長いまつげに覆われたパッチリ二重の大きな瞳。筋の通った形の良い鼻と薄く色づいた頬。
 そして上品な色合いの紅が引かれているプルプルの唇。

 美人だ。可憐だ、綺麗だ。美少女だ。可愛い、めちゃくちゃ可愛い。
 日本美人かと思いきや、西洋のお姫様のような可愛らしい雰囲気もある。
 何と表現すれば良いのか。俺の小さくて皺の少ない脳ミソでは言い表せない人だ。
 ああ、言葉のボキャブラリーが少ない事が恥ずかしい。とにかく綺麗だ。

 うん。ど ス ト ラ イ ク で す !
 心臓を鷲掴みにされるとは、こういう事を言うのだろう。
 ホントちょっと久々にキタコレ。恋に堕ちた瞬間ってヤツ? 全身に血が滾(たぎ)るのがわかる。今絶対顔赤いよ俺。

 言葉も出ない俺達の反応に当主様は満足したように笑って、その場を仕切り始めた。

「こいつが俺の娘の『花』だ。今日は顔合わせだけで、個人で会うのは明日からにしてもらう。逢瀬の約束は後で自分達で好きにするとして、軽く自己紹介でもしてくれ」

 その言葉に反応した俺以外の三人は、我先にと自己紹介を始めた。
 俺と同じように3人も花姫様を見てテンションが上がったのか、鼻息が荒い。
 そして花姫様に見惚れて完全に出遅れてる、相変わらずピンチな俺。

 恋はスタートダッシュも重要な要素だと誰かが言っていた。
 そうか、俺が幼稚園年長の時にヒヨコ組のナナちゃんに告白して『あんぱん男(マン)が好きだから』と断られたのはそれが原因か。
 俺が彼より早くナナちゃんと出会いモーションを掛けていれば早すぎる失恋を経験する事はなかったんだな!
 ……はっ! どうでも良い話だったな、混乱してしまったぜ。でもマジネタだ。

 過去の経験に思考を飛ばすほど混乱している俺の耳に彼等が話している内容が次々と飛び込んでくる。
 見合い初体験の俺は常識的な好意が分からないので、内容を聞かせてもらう事にした。


「花姫様、某(それがし)は鷹狩が得意でございます。是非、某の勇姿をご覧頂きとうございます。機会を頂けないでしょうか?」
「何の、私は和歌で姫様への気持ちをこの場で詠んでみせましょうぞ」
「あいや待たれぃ、琵琶や舞踊に精通する麻呂にお主等が敵うはずがないでおじゃ」


 待て待て待て最後のヤツちょっと待て!!
 その話し方何。麻呂って何。おじゃって何。
 ちょっと個人的に仲良くなってみたいとか思っちまったじゃねーか!
 服装以外のインパクトで更に勝負しているのか? アンタの一人勝ちだよ俺は敵わねえええ!!

 イヤイヤイヤ、落ち着け俺。
 きっとこれは麻呂様の作戦だ。ツッコミ属性の俺を錯乱させる罠だ。
 さすが麻呂様。スゲーな麻呂様。素敵だ麻呂様。
 うん、既に脳内で麻呂の事を『様』付けで呼んでいる俺は錯乱されまくってるようだ。

 えーっと、麻呂様は存在しない事にしたとしても俺は完全に場違いな気がする。
 鷹狩ってアンタ。和歌ってアンタ。現代人の俺にどう対抗しろと言うんだ。
 そんな趣味持ってない、張り合う要素が皆無だ。つーか勝者は確実に麻呂様だ。俺なんか完全に戦意喪失状態だぞ。

 こうして改めて他の婿候補3人は各々で特徴があるようだ。
 自分の事を『某(それがし)』と呼んでいる男は体格の良い武士気質。
 和歌を詠むと言っている男は、先ほど俺にケンカを売ってきた小柄でプチメタボの扇男。
 最後に意外性ナンバーワン!の麻呂様は垂れ目で背がひょろ長い男だ。
 ちなみに麻呂様は、見た目だけでは麻呂言葉を喋るようには見えない。

 昨日、当主様に挨拶をした時や花姫様に向かって自己紹介をしていたと思うが残念ながら誰の名前も覚えていない。
 覚えていないというか聞いてませんでした、男の名前なんか興味無かったんで。

 気がつけば自分の家族構成や故郷の名産、東鬼一族の将来について熱く語っている始末だった。
 憑依トリップなんて妙な体験しちゃってる俺には不利な話題だ、なんて思っていると3人は花姫様に贈物を披露し始めた。
 手ぶらの俺には手も足も出ない展開だ。仕方がないので、俺は心の中でこっそり溜息を吐きながら花姫様の様子を窺う事にした。


 それにしても、マジで可愛い。超好みだ。
 今まで見てきた女の子の中でもダントツで可愛い。アイドルなんて比にならない。
 十七、八歳くらいだとは思うけど年下の可愛いお嫁さん(予定)なんて幸せすぎる。
 何を食べればこんなに可愛い女の子に育つのかな。やっぱ血筋? 当主様と似てるような似てないような……。



「……――」

 あれ、何かお姫様と目が合ってる気が。
 えっと、もしかしてお前も何か贈物ないのかよ! みたいな視線ですか。
 貧乏人が紛れ込んでてすみません。一般人が同席しちゃってゴメンナサイ。

 何と返して良いのかわからない俺が、そのまま花姫様の視線を受け止めたままでいると興味をなくしたように逸らされてしまった。
 その視線は再び、贈物について熱く語っている俺以外の三人へ。
 三人は言葉巧みに花姫様の美しさを褒め、自分の贈物がいかに素晴らしいか等を述べている。
 しかし話題の中心に居るはずの花姫様は短い返事を返すだけで、良い反応は無い。

 うーん。お見合いって初経験だから何が正しいのか不明だけど、コレは違う気がする。
 何より俺達を虫ケラでも見るような眼で見ていらっしゃるんですよね。
 きっとこのお見合いが嫌なんだと思う。顔に出すぎです。

 このお姫様はまだ若い。
 現代日本なら勉強に遊びに恋に忙しい時期の女の子だ。
 この異世界でその認識が有効かどうかは不明だが、少なくとも俺はそう思う。

 そんな女の子に見合いで結婚相手を決めろなんて酷な話。
 可愛いお姫様を見てテンション急上昇した俺が言うと説得力ないかもしれないけど
 見合いという枠で俺達の事を見るのではなく、恋愛対象としてみれば少しは違うかもしれない。
 それが無理なら今後、少しは会話をする異性としてだけでいい。
 結婚相手だから嫌な気持ちに拍車がかかっているのではないだろうか。

 今日の顔合わせが終わったら、明日からは色んな話をしよう。
 食べ物は何が好きか。色は何色が好きか。季節は何が好きか。動物は好きか。聞きたい事は山ほどある。

 四季折々の景色を一緒に楽しむのも良い。
 この城に来るまでに通った城下町を2人で歩くのも良い。
 今は笑顔を見せてくれないけれど、いつかきっと笑ってくれる日がくるだろう。

 こうして俺は、他の三人のように何か話をするでもなく物思いに耽(ふけ)りながら時間を過ごしていった――。






 好みど真ん中の花姫様に熱い視線を送ってどのくらい経過した頃だろうか。
 急に掛けられた言葉に、心臓が口から飛び出しそうな程驚いた。


「よぉ藤見、何も言葉にしないが花に一目惚れでもしたか?」

 ぎゃあああああ! なななな何言ってんスか当主様!! 臆病な俺にチャンスをくれたのは有難いけど話題が酷い!!

 慌てて当主様に視線を向ければ、火の入っていない煙管(キセル)を指先でくるくると回して遊んでいた。
 恐らくその煙管は婿候補の誰かからの贈物なのだろう。洒落た贈物だぜ。
 ほんの少しの僻(ひが)みを込めて自分の横に並んでいるであろう三人に視線を向けてみた。
 しかし幸か不幸か、俺は他の視線も俺に集中している事に気づいてしまった。

 ヤバイ、皆に一目惚れ疑惑の目で見られてる!
 誤魔化せ俺、笑って誤魔化せ俺、否定しなくていいけど痴態は回避しろ俺!!


「いえ、心を通わせてもいない方に何を言えば良いのか考えておりました」
「「「「「「…………」」」」」」

 ボトっ……と当主様の手にあった煙管が音を立てて畳の上に落ちた。
 それと同時に、俺の血の気もサーっと引いていく。

 誰か俺のお口にチャックして下さい。笑顔で何てこと言っちゃってんの俺っ、違います違うんです。
 『自分好みの女の子にどんな話題を振れば仲良くなれるか考えていた』という事が言いたいんですけど、俺のおバカさん!
 周りもシーンとしちゃってるじゃん、超空気悪いよ!


「それは、わたしに興味が無いという意味でございますか」

 そんな最悪すぎる空気の中、沈黙を破ったのは意外にも花姫様ご本人だった。
 よく通る声が静まり返った室内に広がり、止まっていた時間が再び動き出したような感覚を覚えた、が。
 意志の強そうな瞳が俺を貫くように見据えていた。

 やっべ、花姫様めちゃくちゃ怒ってる?
 返ってきた言葉に疑問符が付いてないんですけど、怒りMAXですか?


「――東条の名が目的ですか」
「花姫様は何故そう思われるのでしょう?」

 すぐに返事をしなかった俺を更に冷めた眼で見ながら吐き捨てる花姫様。
 んー、やっぱり花姫様は卑屈になり過ぎてるんじゃないかなと思う。
 返事をしなかっただけで結論を先に出されてしまうのは困る。

 俺の質問返しに再び眼を細め、花姫様は端から順に俺達婿候補四人を見て言葉を区切った。

「あなた方に、東鬼の長という任が、務まるとは、全く思えません」

 眉を寄せた当主様と小萩さんが花姫様の言葉に口を挟もうとしてタイミングを逃した事が分かった。
 淡々と冷めた口調で紡がれ続ける言葉に、花姫様の覚悟が存在しているのだと思えた。

「東鬼の長という地位が欲しい方々にお尋ね致します。わたしは東鬼の長を夫とします。今この場の四名から選ばなくてはなりません。ですが、あなた方はその地位と資格を得るために一体何をしてくださいますか」

 ああ、その言葉は俺の考えを遥かに超越している。
 花姫様は俺が思っていたような、恋に恋焦がれる女の子ではない。
 俺が勝手に現代の女の子と比べて、勝手な花姫様の像を作り上げていたんだ。
 そうだ、今まさに、花姫様は政略結婚にそれ相応の覚悟を持って臨んでいる。

 可愛い女の子に会って舞い上がっていた自分が急に恥ずかしくなった。
 お姫様を救ってあげるヒーロー面(づら)をしていた俺は大バカ者だ。
 それに現代人の俺が鬼という異種族のトップなんて無理だろ。
 本音を言えば、花姫様とはお付き合いしたいと思った。
 当主様に指摘されたように、ぶっちゃけ一目惚れですハイ。

 他の婿候補三人が最もらしい事を答えているが、花姫様は全く感情のこもっていない相槌を打っている。
 良い教育を受けていて言葉巧みな三人でこの扱いなのだから、俺のような何も知らない男が適当に答えても吐き捨てるような言葉を返されるのがオチだ。
 それなら最初から正直に話してしまう方がまだ良い。嘘を言っても何も良い事は無いのだから。


「東鬼の長になる気がなかったので、何もお答えできません」

 タイミングを見計らって口にした言葉は、緊張していたせいか広間に響いてしまった。
 先ほどと同じように全ての視線が俺に集まる中、鋭かった眼をキョトンとさせている花姫様に続きを話す。(その顔も可愛いな!)

「付録には興味がありません」
「ふ、付録でございますか……?」

 そうだ。俺はオマケ欲しさにモノを買うような事はしない。
 初めて聞いた、花姫様の困惑したような声色に動揺したが気付かないフリをした。

「東鬼の長というモノは花姫様の付録です。それを主体に考えても微塵の興味もない私には返答が不可能です」

 結婚するのは花姫様という一人の女の子で、他は後回しだと思った。
 浅ましい俺の願いが叶うなら、この女の子に俺を好きになって欲しいと思った。

「東鬼の長になるより、花姫様が何を好み、何をすれば貴女に恋をしてもらえるのかを考えました」

 笑って欲しいと思った。
 今は未だ見る事ができていない花姫様の笑顔を見たいと思った。

「私は花姫様の求める東鬼の長という道とは違う未来を望みました。貴女を心から慕い貴女に心から慕われる関係となって婚姻を結びたいと」

 本当にこの人が好きだなーって思えなきゃ結婚なんてしたくない。
 いくら美人でお金持ちのお嫁さんを貰っても、そこに気持ちがないなら仮面夫婦だ。
 仮面夫婦から恋愛に発展する話も少なくないけど、きっと俺には務まらない。

 だから思い描いた。好きな子の好きなモノを一緒に愛でる未来を。
 慣れない見合いと知らない世界で現代の感覚を麻痺させてまで考えた。

「春には各所の桜を愛で、夏には潮騒を聞く事を。秋は紅葉が彩る道を共に歩み、冬は寒さに身を寄せ合う未来を。そんな他愛もない、私と貴女で共に過ごす時間を心に描きました」

 まぁ、結局それは俺の独りよがりだったわけだけど。
 思わず自嘲の笑みが浮かんでしまったが、気持ちを落ち着けるように『ふぅ』と息を吐いて少しだけ眉を寄せている花姫様に目を向ける。
 思った以上に大きな息を吐いてしまったが然程気にはならないだろう。
 震えて途切れてしまうと思った声は腹部に力を入れた事で普段より大きめに出せた。


「どうやら既に花姫様は慕わずとも婿を迎える覚悟が御有りのようですね。婚姻から始まる恋もあると聞きますので、宜しいのではないでしょうか」

 あーあ、一目惚れしてすぐに失恋かぁ。
 所詮、手の届かない高嶺の花に憧れていたのだ。
 それでも結構辛いなコレ。だけど俺は恋愛結婚じゃなきゃ確実に後悔すると思う。

「しかし私は慕われぬ状態で婚姻を結ぶ事は万が一にもありません。先ほど私が申し上げた話はお忘れ下さい。花姫様の妨げになるでしょう。東鬼の長を目指す強い意志もない私がこの場に参じているのは場違いかと」

 残念だけど婿選びの話は辞退しよう。
 花姫様の事は好きだけど、どう頑張っても東鬼の長なんか俺には無理だ。

 精一杯丁寧な礼をしようと、ピンと背筋伸ばして姿勢を正す。
 布音が後ろから聞こえたので、陽太も同じように改めて姿勢を正したのだろう。
 花姫様が既に覚悟を決めているように、俺も覚悟を決めた。
 胡蝶の夢のような俺の恋を諦める覚悟が。今ならまだ傷が浅い。


「東条克彦様、花姫様」

 俺の声に反応して、ビクッ!と花姫様が大げさなほど体を大きく揺らした。
 何かを言いたげに濡れた唇が音を成さずに開かれる。
 白くて細い手が掴むモノがない宙を彷徨い、その先には俺がいるのだと感じた。

 その姿さえ見惚れてしまいそうになるので、視線を花姫様から外した。
 それは小萩さんへ移り次に婿候補の三人へ。そして最後に当主様へ。
 再び花姫様を見る事は俺にはできなかった。
 辞退する意志を告げるため、言葉を慎重に選んでから頭を下げる体勢に入る。

「誠に残念ながら、この話は辞た」
「キエエェェェェイ!!」


 ドスッ!
 うえええええ!?どどどうされました小萩さん!
 急に奇声上げながら天井に小刀ぶん投げちゃいましたけど一体何が!?
 何か天井で誰かが暴れまくってるような音が聞こえるけど何事っ!?

「コホン、大変失礼致しました。私とした事が護衛の忍を他族の侵入者と勘違いして、つい……」

 ホホホ。と優雅な微笑みで謝罪を述べる小萩さんには何も質問できない。
 チキンな俺には聞けない。質問してはいけない空気が流れている。
 そうか天井裏に東条の忍者さんが居たんだ。ははは。

 俺がダラダラと背中で汗を流している間に、小萩さんは立ちあがって花姫様と軽く言葉を交わす。
 距離があるせいで会話は聞こえなかったが小萩さんが立ったままなので何か次のアクションがあると思った。
 案の定、小萩さんは当主様に素早い動作で近づいて俺達にも聞こえる大きさの声を上げた。

「克彦様、姫様は少しお疲れのご様子ですのでお休み頂きましょう。本日はこれまでにし、私から明日以降の予定をお話しても宜しいでしょうか」
「お、おお、頼む小萩!」
「かしこまりました、まずは姫様にお部屋へお戻り頂きましょう」

 当主様に了承を得た小萩さんがパンパンと手を叩くと出入口の襖が開き、女中さん達が広間に入ってきた。
 あっという間に花姫様を囲んだと思ったら、列を成(な)して退出してしまう。
 去り際に花姫様が何度も俺達婿候補4人の方を振り返っていた気がした。




 足音が完全に遠ざかった頃、小萩さんが元の席に座ったので無意識の内に広間内の空気が引き締まった。

「まずは……本日はお疲れ様でございました、婿候補の方々」

 婿候補の四人を一人一人確認するように小萩さんの視線が廻(めぐ)った。
 何となくその動作を見ていると、当然のように視線が合ったので軽く会釈をしておく。

「明日からは個別で花姫様に会う約束を取って頂きます。皆様、解散後すぐに花姫様へ文(ふみ)をお送り下さいませ。宜しいですか、す・ぐ・に、でございますよ。お急ぎ願います」
「よーし、今日はこれで解散だ。明日からは二人きりで会う機会が増えるから気合入れろよ!」


 当主様がそう言うと、当主様と小萩さんがイソイソと広間を退出する。
 一瞬の間があって、婿候補の三人も従者を連れて慌てて部屋を出て行った。
 つーか当主様も小萩さんも、イソイソというより完全に走ってた。婿候補の三人も、慌ててというより怒涛の勢いだった。


 え? あれ? どうなってんの? これでもう解散なの?
 何これ、新手のイジメ?それとも何かのプレイ?
 最後の方なんかハイスピードで終わっちゃったんですけど?

 婿候補辞退の話をしようとしていた俺は完全に放置だ。
 しかも、明日の予定って手紙書いて花姫様にアポ取るだけなの?

 更に俺が呆然としていると、広間の天井裏から東条の忍者さんが数人現れた。
 集団リンチでもされるのかと思ったけど、どうやら贈物の葛籠(つづら)を片付けに来たらしい。
 部屋に居る俺に頭を下げると、2人ペアくらいで葛籠を持って広間を出て行く。
 恐らくこの行動を何度か繰り返して贈物をどこかへ運ぶのだろう。

 座っているだけでは邪魔になるので陽太と共に立ち上がって広間を後にした。
 部屋までの道順は陽太が覚えているようで、今回は女中さんの案内無しだ。
 その道中、俺の一歩先を案内しながら歩いている陽太から小萩さんの指示についての問いかけがあった。


「恭様、花姫様に文を書かれますか? 小萩殿の仰った事なので書かれないのは……」

 うん、わかるぞ陽太。その気持ち。
 小萩さんは使用人の一人だけど逆らっちゃダメな気がする。
 他の婿候補三人がダッシュで広間を出て行ったのも早く手紙を書くためだ。
 我先にと花姫様にアポを取りたいのも分かるけど、ダッシュの原因は7割小萩さんだ。

 ……しかし手紙かぁ。
 婿候補辞退するんでサヨナラ! という覚悟を決めた俺が手紙を書いてもねぇ。


「俺が文を送ってもな」
「何故ですか?」
「何故って、俺達は明日にでも藤見に帰るだろう? あんな発言したら追い出されても仕方がないからな」
「それは心配されなくても大丈夫ですよ。むしろ、どう足掻いても帰れなくなる事をご心配下さい」
「は?」

 陽太の言葉が意味不明すぎて思わず間抜けな声が出てしまった。
 そんな俺の様子を特に気にしていない陽太は何故か楽しそうに笑っている。
 何だよ陽太その笑顔は。サンタクロースを待ち望む子供のような笑顔は。
 小萩さんとは違うけど、ある意味『深く聞けない笑顔』だよそれ。

「あーあ、面倒だな……」

 意味不明なのは良い心地がしないが、あまり深く聞くのも面倒だと思う。
 だから俺は陽太の発言の意味を考える事は辞め、花姫様に送る手紙の内容を考え始めた。

 見合いの顔合わせ初日、一目惚れの後に失恋で終了。
 結果は見ての通り散々でした。ブロークンハートです。
 失恋の痛手は夜にお酒でも飲んで忘れる事にします。

 とりあえず早く手紙を書いて小萩さんに逆らう事だけは避ける事にしよう。
 そう言えば、この世界の文字ってどんなの?日本語だよね? ね?
 見合いの事より、この世界の文字の方が気になって仕方がない俺でした。
 文字が読み書きできないと、ホント洒落にならないからね?

 そんな風に俺はドキドキと嫌な胸の高鳴りを感じていた為、陽太が小さく、しかし楽しげに呟いた言葉を聞き逃していた。
 藤見家の当主様に文を書こう――……という陽太の呟きを。

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