へっぽこ鬼日記 第二話
第二話 物語への第一歩
苦労して何とか聞き出した和服の不良の名前は、陽太(ようた)というらしい。
俺の隣を歩きながら次々と話題を振ってくる陽太によると、今日は東の鬼一族名家の顔合わせがあるそうだ。
俺はその顔合わせに参加するため、先ほど見た東条の治める地に来たとのこと。そして、陽太は付き人として俺と同行しているとも聞いた。
鬼一族という単語に馴染みなど全くないが、『東の』と前置きがあるように鬼一族は東西南北に存在するようだ。
俺はその東の名家のひとつに数えられる『藤見(ふじみ)家』出身だとも告げられた。
上に立派な兄が三人も居るので、俺は跡取り云々の期待もない四男坊。名は『藤見恭』。
俺自身の名も『恭』なので陽太に呼ばれても大きな違和感はなかったが、『藤見』は俺の名字ではない。それに、やはり陽太の呼ぶ『藤見恭』は俺ではないのだ。
俺は日本という国に生きる、一般家庭出身の男だ。
俺達の格好が着物であることと、東条の町並みが戦国時代を思い起こさせたので、陽太に思い付く限りの戦国武将を告げてみた。
――しかし、俺のわずかな期待は簡単に打ち砕かれた。
現代なら誰でも知っている武将名に首を傾げられたので、ここが現代日本でない事はほぼ確定だと思った。
他に何が違うのか、実際に自分の目で確かめてみないと分からない。
今こうして俺の前を歩いている陽太も鬼と言いながら見た目は人間と変わりない。が、俺達が人間でなく鬼一族だというのなら、『この世界の人間』に会いたいとも。
そういった情報も東条の城下町や城で集めようと決め、俺は自分と取るべき行動を考えた。
そもそも、何故俺が名家の顔合わせに出席するのか。
上に兄が三人もいるなら、そのうちの一人に任せた方が安心できると思うのだ。しかし、それを陽太に尋ねても首を横に振るだけだった。
「旦那様は恭様に対して、いつも不思議なご命令をされますね。どうしてでしょう?」
と、逆に俺へ返された質問に答えは出てこなかった。
陽太の言葉にある『旦那様』とは恐らく俺の父――藤見家現当主になるのだろうが、理由は俺が知りたいくらいだ。
それ以前に、俺はこの世界での家族の顔を知らない。
現代日本での俺は両親に弟が一人の四人家族だ。
いきなり顔すら知らない父親とか、居るはずもない兄三人とか言われても困る。
今でこそ藤見家当主の命令で離れているが、東条での用事を済ませて藤見家に帰宅した時のことを考えると、今から胃が痛くなりそうだった。
自己解釈の範囲でしかないが、恐らく俺は『藤見恭』という鬼に憑依しているのだと思う。
付き人の陽太が気付いた気配がないので、藤見恭は性格も俺と似ているのだろう。
……百歩譲って、俺が藤見恭に憑依しているのは良い。だが、この体の本当の持ち主は? 現代での俺は? と心配事が次々と浮かんできた。
それを誰かに打ち明けるわけにもいかないけれど、不明なことばかりなので誰か俺にこの現状を説明してくれないだろうか、と。
森の出口らしき開けた場所を視界に入れながら、俺は深い溜息を吐いて足を進めた。
森を抜け、日が落ちた為に人がまばらだった城下町を突き抜ければ、聳(そび)え立つ東条家の城の前に出た。
現代日本とは異なる場所だと理解しているが、こんな立派な城を目の当たりにすると自分が時代劇の中に迷い込んだような気分になってしまう。
「き、緊張しますね、恭様……」
「そうだな」
「藤見家のお城も大きいですけど、さすが東条家。何倍くらいあるのでしょう?」
なるほど。大きさは違うが、藤見家も城に住んでいるのか。
どうやら俺が名家の出身という事は嘘では無いらしい。
そんな些細な会話から仕入れた情報を俺なりに解釈していると、陽太が俺の返答を求めるような目で見ている事に気付いた。
だが俺は返答に必要な知識を持っていないので、無難に言葉を濁しておく事しかできない。
「……さぁな」
「もー、相変わらずですね。そんなので東条家の当主様へのご挨拶は大丈夫ですか?」
陽太の言葉に、進めていた足がピタリと止まる。
……挨拶だと? 顔を合わせてペコリじゃダメなの? も、もしかして初対面!?
しまった、完全に顔見知りだと思い込んでいた。偉い人が相手なので、笑顔で適当に話合わせ、相槌打っていれば済むと踏んでいたのに!
この時代……というより、この世界の挨拶ってどうやれば良いのかな。
握手はダメな気がする。戦国時代に近いと感じるから、床にデコ擦り付けて声掛けられるまで待つべきか?
あー、全然わからん。とにかく近くの人に話しかけて、反応を見てみよう。
大きな間違いをしない限り、普通の反応が返ってくるはずだ! ……と信じたい。
よし、早速行動だ。人生はスピード感が大切って言うよね。
ちょうど城の前に到着したところだから、この門番のお爺さんで練習させてもらおう。
ご高齢なのに、こんな時間までお仕事ご苦労様でーす。ちょっと俺に付き合ってね!
「お初にお目に掛かります。藤見家が四男、恭と申します」
美しい姿勢を意識して、挨拶に相応しい角度で頭を下げながら言葉を紡ぐ。
うん、我ながら上々な出来だと思う。無難な挨拶だけど印象は悪くないはずだ。
その証拠に、お爺さんは一瞬目を見開いた後、皺だらけの顔で柔らかく微笑んでくれた。
よしよし良い感じじゃない? 陽太は『何で門番に挨拶を?』って顔をしているけど。
それでも俺と同じように頭を下げているのは、良い付き人魂だと思う。たぶん。
「よく来なさった。連れは何人じゃ?」
「はい。連れはこの者一名のみでございます」
「……ほぅ、他の連れはおらぬと申すか」
俺の返事に、お爺さんは笑い皺を浮かべていた目元を細めた。
その動作が、俺には計り知れない何かを見据えているように思えて、背筋が冷える。
え、何それどういう意味ですか? どう見ても俺以外には陽太しかいないのに。
俺たちの他に誰かいるの? そんな幽霊じゃあるまいし――って、幽霊……?
ももも、もしかしてお爺さん、幽霊とか見えちゃう人? あの森を通過した時に、幽霊的なものを連れて来ちゃったとか!? ひいいいぃぃ!
内心焦りながら、ギギギ……と音が立ちそうな程ゆっくり森の方を振り返る。
何も気にせず通って来た森なのに、完全に日の落ちた今では不気味以外の雰囲気は持ち合せていない。
霊感など皆無な俺にはそういった類のものが見えないけれど、確実に『いる』のだろう。
俺ヤバくない? 幽霊に取り憑かれちゃったりしてない? 俺の存在自体が憑依だけど。
幽霊とか無理なんです。勝手に森を通ってお怒りですか? ちょ、あの、後で土下座しに行きますから許してぇ!
ちなみに今からは無理です、怖いんで。明るい時に森の入り口付近で土下座します!
それで、あの、できればお爺さんも同行して欲しいです。幽霊さん達に俺を恨まないようお願いしてくれないかな……。
「皆は広間に集まっておる。全員揃うか、刻限が過ぎるか……今暫し待たれよ」
「――は」
うわーん、怖いよぉ! ビビって返事も小さくなっちゃった。
とりあえず後でもう一度お爺さんに話しかけて、幽霊さんとの交渉をお願いしてみよう。うん、そうしよう!
その時は宜しくお願いします! という気持ちを込めて丁寧に頭を下げる。
最初の挨拶と同じように陽太も続いたので、二人揃った行動にお爺さんが気を良くしてくれることを切に願った。気に入られた方がお願いを聞いてくれるかもしれない。
「開門!」
お爺さんが声を上げると立派な城門が盛大に開かれた。
開いた門の先にはお迎えが何人か居て、俺と陽太を待っている。
俺は妙に真剣な表情のお爺さんに深々と頭を下げたまま背中を見せないよう門をくぐった。陽太もそんな俺に習ってか、理解していない頭を下げて門をくぐる。
いいんだ、頭を下げておけ。後で幽霊に謝るための協力をお願いするんだから。今の内に好感度を上げておくんだ。
幽霊との交渉の件が嘘でないことを証明するためお爺さんを真剣に見つめ返し、次いでその緊張感を崩さないよう気をつけながら口を開いた。
「後ほど改めてご挨拶に伺います」
「ほっほっほ、さすが藤見家じゃの」
門が完全に閉まる直前、お爺さんがそう呟いたのが俺の耳に届いた。
思わずガッツポーズしそうになったのを必死に抑えて、冷静な表情で頭を上げる。
こりゃぁ好感度大だ、よっしゃ協力者ゲットォォォ!
へっへーんだ、ちょろいちょろい。もう幽霊なんか怖くないぜ。
……なーんちゃって、嘘ですゴメンナサイ、やっぱ怖い!
早く人の多い所へ行こう。陽太二人だと危険だ。
門の方へ向けていた身体を反転させて城の方を見やると、必然的に出迎えの人達と目が合った。
その中から、一番身分の高そうな初老の女性が一歩前に出て頭を下げた。
後の人達も続くようにして俺に頭を下げ、地面に視線を伏せている。
「お待ちしておりました、藤見様」
その言葉と共に顔を上げ、俺をまっすぐ見てきた女性。
俺の家名を知っているという事は知り合いだろうか。それとも、門番のお爺さんとの会話を聞いていたのだろうか。
どちらにせよ、最低限の挨拶として待ってくれている人達に、俺は軽く頭を下げた。
「丁重な出迎え、感謝致します」
「これはこれは……私共の仕事でございますゆえ、お気になさらず」
「いえ、このような刻限に訪ねたのは私共ですので」
それでも、こんな時間に俺達を迎えてくれたのには変わりない。
感謝の気持ちを込めてニコリと控えめに笑えば、先頭の女性が上品な仕草で口元を片手で覆って周囲に目配せをした。
その反応が何を意味するのかは分からないが、周りの人の表情から悪いものは感じられないので心配する必要はないだろう。
「では藤見様、他の方々広間へご案内致します。こちらへどうぞ」
柔らかな声に促されるようにして、俺と陽太は場内までの道のりを歩き出した。その後には、門で出迎えてくれた人数の半分が僅かな足音を立てて追ってくる。
どうやら半数は門の所に残ったようだ。
それにも疑問を感じたが、門から建物までかなりの距離があるので遅れないよう歩くだけで精一杯になってしまった。
一応、迷子防止のために門から建物までの道程、城壁の造りを記憶しておく。これは現代での友人の影響だ。
城マニアだった友人は天守閣より城壁の造り等に興味があり、その良さを熱く俺に語っていた。
……右から左に聞き流していたので、俺の役に立つ情報としては記憶されていないが。
そう考えながら、怪しまれないように周りを観察していた俺とは逆に、半歩後ろでキョロキョロしていた陽太が思い出したように口を開いた。
だが、その内容は非常に答えにくいものだった。陽太の質問――それは、門番のお爺さんに関すること。つまり、幽霊さんのことだった。
これ以上幽霊さんの怒りを買いたくない俺は早々に話題を切り上げ、それ以上追及するなという意味を込めて答えた。
「恭様、なぜ門番のお爺さんに挨拶されたのですか?」
「その内わかるさ」
「では、『他の連れ』とはどういう意味ですか?」
「お前は知らない方が良いよ」
「……?」
全然わかりませんって顔してるな、陽太。大丈夫、お前は気づかない間に道連れだ。
たった数時間の付き合いだけど、俺には分かる。お前絶対俺と同じで幽霊とか嫌いだよね?
同じ空気というか匂いというか。同属的な何かを感じるんだよ、陽太には。うん、だから道連れだ。
――そんな噛合わない会話をする俺達に、広間へ案内する人達が感心したような息を漏らした事には気づかなかった。
俺の隣を歩きながら次々と話題を振ってくる陽太によると、今日は東の鬼一族名家の顔合わせがあるそうだ。
俺はその顔合わせに参加するため、先ほど見た東条の治める地に来たとのこと。そして、陽太は付き人として俺と同行しているとも聞いた。
鬼一族という単語に馴染みなど全くないが、『東の』と前置きがあるように鬼一族は東西南北に存在するようだ。
俺はその東の名家のひとつに数えられる『藤見(ふじみ)家』出身だとも告げられた。
上に立派な兄が三人も居るので、俺は跡取り云々の期待もない四男坊。名は『藤見恭』。
俺自身の名も『恭』なので陽太に呼ばれても大きな違和感はなかったが、『藤見』は俺の名字ではない。それに、やはり陽太の呼ぶ『藤見恭』は俺ではないのだ。
俺は日本という国に生きる、一般家庭出身の男だ。
俺達の格好が着物であることと、東条の町並みが戦国時代を思い起こさせたので、陽太に思い付く限りの戦国武将を告げてみた。
――しかし、俺のわずかな期待は簡単に打ち砕かれた。
現代なら誰でも知っている武将名に首を傾げられたので、ここが現代日本でない事はほぼ確定だと思った。
他に何が違うのか、実際に自分の目で確かめてみないと分からない。
今こうして俺の前を歩いている陽太も鬼と言いながら見た目は人間と変わりない。が、俺達が人間でなく鬼一族だというのなら、『この世界の人間』に会いたいとも。
そういった情報も東条の城下町や城で集めようと決め、俺は自分と取るべき行動を考えた。
そもそも、何故俺が名家の顔合わせに出席するのか。
上に兄が三人もいるなら、そのうちの一人に任せた方が安心できると思うのだ。しかし、それを陽太に尋ねても首を横に振るだけだった。
「旦那様は恭様に対して、いつも不思議なご命令をされますね。どうしてでしょう?」
と、逆に俺へ返された質問に答えは出てこなかった。
陽太の言葉にある『旦那様』とは恐らく俺の父――藤見家現当主になるのだろうが、理由は俺が知りたいくらいだ。
それ以前に、俺はこの世界での家族の顔を知らない。
現代日本での俺は両親に弟が一人の四人家族だ。
いきなり顔すら知らない父親とか、居るはずもない兄三人とか言われても困る。
今でこそ藤見家当主の命令で離れているが、東条での用事を済ませて藤見家に帰宅した時のことを考えると、今から胃が痛くなりそうだった。
自己解釈の範囲でしかないが、恐らく俺は『藤見恭』という鬼に憑依しているのだと思う。
付き人の陽太が気付いた気配がないので、藤見恭は性格も俺と似ているのだろう。
……百歩譲って、俺が藤見恭に憑依しているのは良い。だが、この体の本当の持ち主は? 現代での俺は? と心配事が次々と浮かんできた。
それを誰かに打ち明けるわけにもいかないけれど、不明なことばかりなので誰か俺にこの現状を説明してくれないだろうか、と。
森の出口らしき開けた場所を視界に入れながら、俺は深い溜息を吐いて足を進めた。
森を抜け、日が落ちた為に人がまばらだった城下町を突き抜ければ、聳(そび)え立つ東条家の城の前に出た。
現代日本とは異なる場所だと理解しているが、こんな立派な城を目の当たりにすると自分が時代劇の中に迷い込んだような気分になってしまう。
「き、緊張しますね、恭様……」
「そうだな」
「藤見家のお城も大きいですけど、さすが東条家。何倍くらいあるのでしょう?」
なるほど。大きさは違うが、藤見家も城に住んでいるのか。
どうやら俺が名家の出身という事は嘘では無いらしい。
そんな些細な会話から仕入れた情報を俺なりに解釈していると、陽太が俺の返答を求めるような目で見ている事に気付いた。
だが俺は返答に必要な知識を持っていないので、無難に言葉を濁しておく事しかできない。
「……さぁな」
「もー、相変わらずですね。そんなので東条家の当主様へのご挨拶は大丈夫ですか?」
陽太の言葉に、進めていた足がピタリと止まる。
……挨拶だと? 顔を合わせてペコリじゃダメなの? も、もしかして初対面!?
しまった、完全に顔見知りだと思い込んでいた。偉い人が相手なので、笑顔で適当に話合わせ、相槌打っていれば済むと踏んでいたのに!
この時代……というより、この世界の挨拶ってどうやれば良いのかな。
握手はダメな気がする。戦国時代に近いと感じるから、床にデコ擦り付けて声掛けられるまで待つべきか?
あー、全然わからん。とにかく近くの人に話しかけて、反応を見てみよう。
大きな間違いをしない限り、普通の反応が返ってくるはずだ! ……と信じたい。
よし、早速行動だ。人生はスピード感が大切って言うよね。
ちょうど城の前に到着したところだから、この門番のお爺さんで練習させてもらおう。
ご高齢なのに、こんな時間までお仕事ご苦労様でーす。ちょっと俺に付き合ってね!
「お初にお目に掛かります。藤見家が四男、恭と申します」
美しい姿勢を意識して、挨拶に相応しい角度で頭を下げながら言葉を紡ぐ。
うん、我ながら上々な出来だと思う。無難な挨拶だけど印象は悪くないはずだ。
その証拠に、お爺さんは一瞬目を見開いた後、皺だらけの顔で柔らかく微笑んでくれた。
よしよし良い感じじゃない? 陽太は『何で門番に挨拶を?』って顔をしているけど。
それでも俺と同じように頭を下げているのは、良い付き人魂だと思う。たぶん。
「よく来なさった。連れは何人じゃ?」
「はい。連れはこの者一名のみでございます」
「……ほぅ、他の連れはおらぬと申すか」
俺の返事に、お爺さんは笑い皺を浮かべていた目元を細めた。
その動作が、俺には計り知れない何かを見据えているように思えて、背筋が冷える。
え、何それどういう意味ですか? どう見ても俺以外には陽太しかいないのに。
俺たちの他に誰かいるの? そんな幽霊じゃあるまいし――って、幽霊……?
ももも、もしかしてお爺さん、幽霊とか見えちゃう人? あの森を通過した時に、幽霊的なものを連れて来ちゃったとか!? ひいいいぃぃ!
内心焦りながら、ギギギ……と音が立ちそうな程ゆっくり森の方を振り返る。
何も気にせず通って来た森なのに、完全に日の落ちた今では不気味以外の雰囲気は持ち合せていない。
霊感など皆無な俺にはそういった類のものが見えないけれど、確実に『いる』のだろう。
俺ヤバくない? 幽霊に取り憑かれちゃったりしてない? 俺の存在自体が憑依だけど。
幽霊とか無理なんです。勝手に森を通ってお怒りですか? ちょ、あの、後で土下座しに行きますから許してぇ!
ちなみに今からは無理です、怖いんで。明るい時に森の入り口付近で土下座します!
それで、あの、できればお爺さんも同行して欲しいです。幽霊さん達に俺を恨まないようお願いしてくれないかな……。
「皆は広間に集まっておる。全員揃うか、刻限が過ぎるか……今暫し待たれよ」
「――は」
うわーん、怖いよぉ! ビビって返事も小さくなっちゃった。
とりあえず後でもう一度お爺さんに話しかけて、幽霊さんとの交渉をお願いしてみよう。うん、そうしよう!
その時は宜しくお願いします! という気持ちを込めて丁寧に頭を下げる。
最初の挨拶と同じように陽太も続いたので、二人揃った行動にお爺さんが気を良くしてくれることを切に願った。気に入られた方がお願いを聞いてくれるかもしれない。
「開門!」
お爺さんが声を上げると立派な城門が盛大に開かれた。
開いた門の先にはお迎えが何人か居て、俺と陽太を待っている。
俺は妙に真剣な表情のお爺さんに深々と頭を下げたまま背中を見せないよう門をくぐった。陽太もそんな俺に習ってか、理解していない頭を下げて門をくぐる。
いいんだ、頭を下げておけ。後で幽霊に謝るための協力をお願いするんだから。今の内に好感度を上げておくんだ。
幽霊との交渉の件が嘘でないことを証明するためお爺さんを真剣に見つめ返し、次いでその緊張感を崩さないよう気をつけながら口を開いた。
「後ほど改めてご挨拶に伺います」
「ほっほっほ、さすが藤見家じゃの」
門が完全に閉まる直前、お爺さんがそう呟いたのが俺の耳に届いた。
思わずガッツポーズしそうになったのを必死に抑えて、冷静な表情で頭を上げる。
こりゃぁ好感度大だ、よっしゃ協力者ゲットォォォ!
へっへーんだ、ちょろいちょろい。もう幽霊なんか怖くないぜ。
……なーんちゃって、嘘ですゴメンナサイ、やっぱ怖い!
早く人の多い所へ行こう。陽太二人だと危険だ。
門の方へ向けていた身体を反転させて城の方を見やると、必然的に出迎えの人達と目が合った。
その中から、一番身分の高そうな初老の女性が一歩前に出て頭を下げた。
後の人達も続くようにして俺に頭を下げ、地面に視線を伏せている。
「お待ちしておりました、藤見様」
その言葉と共に顔を上げ、俺をまっすぐ見てきた女性。
俺の家名を知っているという事は知り合いだろうか。それとも、門番のお爺さんとの会話を聞いていたのだろうか。
どちらにせよ、最低限の挨拶として待ってくれている人達に、俺は軽く頭を下げた。
「丁重な出迎え、感謝致します」
「これはこれは……私共の仕事でございますゆえ、お気になさらず」
「いえ、このような刻限に訪ねたのは私共ですので」
それでも、こんな時間に俺達を迎えてくれたのには変わりない。
感謝の気持ちを込めてニコリと控えめに笑えば、先頭の女性が上品な仕草で口元を片手で覆って周囲に目配せをした。
その反応が何を意味するのかは分からないが、周りの人の表情から悪いものは感じられないので心配する必要はないだろう。
「では藤見様、他の方々広間へご案内致します。こちらへどうぞ」
柔らかな声に促されるようにして、俺と陽太は場内までの道のりを歩き出した。その後には、門で出迎えてくれた人数の半分が僅かな足音を立てて追ってくる。
どうやら半数は門の所に残ったようだ。
それにも疑問を感じたが、門から建物までかなりの距離があるので遅れないよう歩くだけで精一杯になってしまった。
一応、迷子防止のために門から建物までの道程、城壁の造りを記憶しておく。これは現代での友人の影響だ。
城マニアだった友人は天守閣より城壁の造り等に興味があり、その良さを熱く俺に語っていた。
……右から左に聞き流していたので、俺の役に立つ情報としては記憶されていないが。
そう考えながら、怪しまれないように周りを観察していた俺とは逆に、半歩後ろでキョロキョロしていた陽太が思い出したように口を開いた。
だが、その内容は非常に答えにくいものだった。陽太の質問――それは、門番のお爺さんに関すること。つまり、幽霊さんのことだった。
これ以上幽霊さんの怒りを買いたくない俺は早々に話題を切り上げ、それ以上追及するなという意味を込めて答えた。
「恭様、なぜ門番のお爺さんに挨拶されたのですか?」
「その内わかるさ」
「では、『他の連れ』とはどういう意味ですか?」
「お前は知らない方が良いよ」
「……?」
全然わかりませんって顔してるな、陽太。大丈夫、お前は気づかない間に道連れだ。
たった数時間の付き合いだけど、俺には分かる。お前絶対俺と同じで幽霊とか嫌いだよね?
同じ空気というか匂いというか。同属的な何かを感じるんだよ、陽太には。うん、だから道連れだ。
――そんな噛合わない会話をする俺達に、広間へ案内する人達が感心したような息を漏らした事には気づかなかった。
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