へっぽこ鬼日記 幕間二
幕間二 東条克彦視点
先ほどの興奮を胸に抱えながら広間から足早に執務室へ入り、部屋の片付けをしていた女中を追い出した。
複数の行燈が照らす室内にて傍仕えの2人と、任務から戻ったばかりの東条の忍頭である吾妻(あづま)を控えさせる。
執務机に山の如く積み上がった書筒から藤色のそれを抜き出し乱暴に広げた。
抜き出した拍子に他の書筒が崩れてしまったが誰も元に戻そうとはしない。
広げられた藤色の書筒の中身を食い入る様に確認しているからだ。
それは花の婿候補として招集するよう呼びかけた家と該当者の情報だった。
諜報に長けた者が担当しただけあって、詳細な情報が記されてる。
たったひとつの書筒を……そう、この藤色の書筒を除いてのみ。
▽書筒内容▽
東鬼一族の中では東条家と同等の歴史を持つ旧家にて名家、藤見家。
現当主である藤見義正を筆頭に複数の分家を持ち、長男を次期当主として教育すると共に次男、三男には長男の補佐を任命する。
家督を継ぐ3人の息子とは別に年の離れた4人目の息子が居るが、役職には就かせていない。
膝元の民からの信頼も厚いので同等または今以上の繁栄を迎える事は確実である。
南鬼一族との里境(さとざかい)を治めているため攻防に備えて個々の能力が高い鬼が多く、魂の契約により忠誠を誓う篠崎家が特に秀逸している。
藤見家の血を色濃く継ぐ男子は必ず自分だけの武器を選び、武器との間に他一族にはない何らかの繋がりを持っているという噂がある。
ただし噂はあくまで噂であり、その事実が確認された例は確認できていない。
また、藤見家独自の風習が幾つか存在するというが、これも噂であり不明確。
家督を継ぐ3人には既に婚約の儀を済ませた相手が存在するため、四男が該当者となる。
藤見家四男の名は藤見恭。齢(よわい)20。
五年前より行方知れずのため、それ以外の詳細は一切不明。
△以上△
書筒の通り、情報を集めるよう指示した時には行方知れずだった藤見家の四男。
歳も家柄も花と相応で相手には申し分ないと思っただけに落胆も小さくなかった。
かなりの高確率で不参加であろうと、建前で連絡した招集に応じてきた事は予想外だった。
予想外と言ってもこれは嬉しい誤算だ。
婿候補として選んだ家はどれも藤見家に劣らない名家だ。不満などない。
だが未練がある状態で諦めていた分、気になってしまうのだ。
招集に応じるという藤見家現当主の返事を目にして、忍頭である吾妻に急いで事の真相を探るよう命令した。
同時に慌てて忍を他の婿候補と同じように尾行としてつけた。
しかし他の婿候補の尾行には経験の浅い下忍を充てていたが、急な事だったので藤見には複数の上忍を充ててしまった。
過剰すぎた自分の采配に舌打ちが漏れたが時間を戻す事など不可能。
招集日になり、ポツリポツリと婿候補達が城に着く度に焦りは大きくなった。
名家の名に恥じない能力を発揮してくれる事を、ただ待つしかなかった。
数刻後、一人の上忍が疲れ切った様子で報告した内容に自分の焦りが全く不要だったと自嘲させられた。
東条の忍の中でも腕利きの上忍数人を簡単に撒き、あろう事か藤見の従者にも上忍は撒かれていた。
尾行が不可能だと判断した上忍達は城への道中で待伏せしたようだが、簡単に気付かれた上、城に入るまで微動だにできなかったらしい。
薄暗い森の中で圧力に震えて行動ができなかった、と話す上忍を叱責(しっせき)しなかった。
下手な事をして機嫌を損ねていない事が逆に有難かったくらいだ。
「……ここ数日の間で戻ったという事か。吾妻、報告を」
「はっ。あの者は五年間行方知れずとなっていた藤見家の四男に間違いありません。十五歳で見聞の旅に出ると従者に告げた直後、従者を気絶させて行方知れずに。五年間の足取りは一切不明。分家筋からの目撃情報により保護されたそうです。保護には本家と分家そして篠崎家が総出で行い丸2日の激戦が繰り広げられたと。行方知れずになる前と保護された後での明確な違いは一点のみ。五年前には所有していなかった愛刀を手に入れております。人柄、能力共に五年間で培ったものは藤見の者でも把握はできていないようです」
人柄は不明だが、能力が優秀なのは確認できた。
広間で繰り広げられた一戦。短い時間だったが圧倒的な能力を感じるには十分な時間だった。
洗練された忍の攻撃を容易(たやす)く防ぐ姿は自然体そのもの。
飛び掛った忍二人には簡略だが的確に脳を揺らす一撃。
悠々と飛び退く姿さえもが脳裏に鮮やかに印象付いた。
そして今こうして吾妻から受けた報告。
藤見家と篠崎家が総出で保護……いや、この場合は捕縛が適当だろう。
分家も含めた優秀な両家で2日もかけて捕縛しなければならない程の手練だ。
それに五年前には所有していなかった刀を持ち帰っているという点も興味をそそられる。
書筒にあるように『自分だけの武器』を選んだという事だろうか。
謎が多い藤見家の黒幕に隠れた何かが垣間(かいま)見えたような気がした。
欲しい。
東条にあの男の血が欲しい。
能力の高い鬼は臣下にも多く居る。だが何かが違うと感じているのだ。
計り知れない何かがヤツにはあると、そう思った。黙って事を見守って、最悪の場合手放すには惜しすぎる。
「お言葉ですが、克彦様」
「何だ吾妻」
「克彦様は随分とお気に召されたようですが、婿殿を選ぶのは花姫様です」
考えていた事が顔に出ていたのか、忍のくせに普段から俺にズバズバと意見を言う吾妻が現実を突きつける。
さすがは昔馴染み。傍に居る年季が入っている分、容赦ない。もちろん、そんな事は理解している。
「そりゃそうだ。さすがの俺も娘に結婚相手まで強制しないさ」
「……では、」
「藤見は婿に選ばれなくても東条に引き込む」
吾妻の言葉を遮って言いきった俺に、3人の困惑した視線が集まる。
会ったばかりの者に、ここまで惹き付けられている事に危機感を募らせているのだろう。
特定のモノに固執しない東鬼一族の長である俺が、頑(かたく)なな執着を見せているからだ。
吾妻の言う通り、確かに個人的に気に入っている。
しかしその言葉で片付けてしまう事はできない。片付けてはならない。
使いようで、一歩誤れば計り知れない凶器になるものかもしれないのだから。
と言っても、半ば無理矢理配下に引き入れるのは最終手段だ。
東条に引き込むために一番有効な方法が明日に迫っている。即座に婿が決まるわけではないが、時間ができれば他の方法も考える事ができる。
それに東鬼一族の長という肩書や権力に興味を持っていない者は『新鮮』だ。
「そんな心配そうな顔をするな、力技は最終手段だ」
「最終手段は東条にとって過去に例を見ない程の損失になると思われます」
「相変わらず頭が固いな。明日の見合いが成功すれば無害で手に入るだろう」
「何度も申しますが、全ては花姫様のお心次第でございます」
未だに首を縦に振ろうとはしない吾妻。
娘を嫁に出す父親の心境になっているのだろうか。
いや、吾妻の気持ちは分かっている。ただ純粋に花の事を心配しているのだ。
花が生まれた時から成長を見守ってきた臣下なら抱く当然の気持ちだ。
父親である俺も、政略結婚という望まぬ婚姻を花に強(し)いたくはない。
だがな、吾妻。それでも俺には確信があるのだ。
先見の能力(ちから)など持っていないが、脳裏には東条の鮮やかな未来がある。
「花は必ずあの男を選ぶぜ……?」
ククッ、と咽(のど)で笑いながら低く漏らせば、再び三人の瞳が困惑に揺れる。
やや間があって、少しだけ震えた抵抗の声が吾妻から返ってきた。
忍がそんな風に動揺を表に出してしまうのは良くないぜ?
まぁ、吾妻が感情的になるのはこの4人で居る時だけだが。
「何を根拠にそのような戯言を仰るのですか」
「勘だ、勘」
「東鬼の長ともあろう方が、勘だけでの発言はお控え下さい」
「ならば賭けるか」
フッ、と室内に吹き込んだ風が行燈の火を一つ消した。
消えた火は俺の勘を示しているのか、それとも吾妻の心か。
傍仕えの二人が俺と吾妻の様子を伺って咽を鳴らした音が妙に耳につく。
過去何度か経験した、吾妻との意見の衝突。
俺は本心であれば決して自分の意志を覆さなかった。吾妻も、だ。逆に本心でなければ渋々ながらも互いに協力する道を歩んできたのだ。
「――賭ける対象が同じでは勝負になりません」
さすが最高の臣下にして最愛の旧友。
長い沈黙の後、渋々だが目を細めながら答えた吾妻の言葉に、俺は今日一番の笑みを口元に浮かべる。
消えた行燈の火を再び灯す吾妻の姿を見て、東条の未来に思いを馳せ目を閉じるのだった……。
あぁ、明日の見合いの席が本当に楽しみだ。
複数の行燈が照らす室内にて傍仕えの2人と、任務から戻ったばかりの東条の忍頭である吾妻(あづま)を控えさせる。
執務机に山の如く積み上がった書筒から藤色のそれを抜き出し乱暴に広げた。
抜き出した拍子に他の書筒が崩れてしまったが誰も元に戻そうとはしない。
広げられた藤色の書筒の中身を食い入る様に確認しているからだ。
それは花の婿候補として招集するよう呼びかけた家と該当者の情報だった。
諜報に長けた者が担当しただけあって、詳細な情報が記されてる。
たったひとつの書筒を……そう、この藤色の書筒を除いてのみ。
▽書筒内容▽
東鬼一族の中では東条家と同等の歴史を持つ旧家にて名家、藤見家。
現当主である藤見義正を筆頭に複数の分家を持ち、長男を次期当主として教育すると共に次男、三男には長男の補佐を任命する。
家督を継ぐ3人の息子とは別に年の離れた4人目の息子が居るが、役職には就かせていない。
膝元の民からの信頼も厚いので同等または今以上の繁栄を迎える事は確実である。
南鬼一族との里境(さとざかい)を治めているため攻防に備えて個々の能力が高い鬼が多く、魂の契約により忠誠を誓う篠崎家が特に秀逸している。
藤見家の血を色濃く継ぐ男子は必ず自分だけの武器を選び、武器との間に他一族にはない何らかの繋がりを持っているという噂がある。
ただし噂はあくまで噂であり、その事実が確認された例は確認できていない。
また、藤見家独自の風習が幾つか存在するというが、これも噂であり不明確。
家督を継ぐ3人には既に婚約の儀を済ませた相手が存在するため、四男が該当者となる。
藤見家四男の名は藤見恭。齢(よわい)20。
五年前より行方知れずのため、それ以外の詳細は一切不明。
△以上△
書筒の通り、情報を集めるよう指示した時には行方知れずだった藤見家の四男。
歳も家柄も花と相応で相手には申し分ないと思っただけに落胆も小さくなかった。
かなりの高確率で不参加であろうと、建前で連絡した招集に応じてきた事は予想外だった。
予想外と言ってもこれは嬉しい誤算だ。
婿候補として選んだ家はどれも藤見家に劣らない名家だ。不満などない。
だが未練がある状態で諦めていた分、気になってしまうのだ。
招集に応じるという藤見家現当主の返事を目にして、忍頭である吾妻に急いで事の真相を探るよう命令した。
同時に慌てて忍を他の婿候補と同じように尾行としてつけた。
しかし他の婿候補の尾行には経験の浅い下忍を充てていたが、急な事だったので藤見には複数の上忍を充ててしまった。
過剰すぎた自分の采配に舌打ちが漏れたが時間を戻す事など不可能。
招集日になり、ポツリポツリと婿候補達が城に着く度に焦りは大きくなった。
名家の名に恥じない能力を発揮してくれる事を、ただ待つしかなかった。
数刻後、一人の上忍が疲れ切った様子で報告した内容に自分の焦りが全く不要だったと自嘲させられた。
東条の忍の中でも腕利きの上忍数人を簡単に撒き、あろう事か藤見の従者にも上忍は撒かれていた。
尾行が不可能だと判断した上忍達は城への道中で待伏せしたようだが、簡単に気付かれた上、城に入るまで微動だにできなかったらしい。
薄暗い森の中で圧力に震えて行動ができなかった、と話す上忍を叱責(しっせき)しなかった。
下手な事をして機嫌を損ねていない事が逆に有難かったくらいだ。
「……ここ数日の間で戻ったという事か。吾妻、報告を」
「はっ。あの者は五年間行方知れずとなっていた藤見家の四男に間違いありません。十五歳で見聞の旅に出ると従者に告げた直後、従者を気絶させて行方知れずに。五年間の足取りは一切不明。分家筋からの目撃情報により保護されたそうです。保護には本家と分家そして篠崎家が総出で行い丸2日の激戦が繰り広げられたと。行方知れずになる前と保護された後での明確な違いは一点のみ。五年前には所有していなかった愛刀を手に入れております。人柄、能力共に五年間で培ったものは藤見の者でも把握はできていないようです」
人柄は不明だが、能力が優秀なのは確認できた。
広間で繰り広げられた一戦。短い時間だったが圧倒的な能力を感じるには十分な時間だった。
洗練された忍の攻撃を容易(たやす)く防ぐ姿は自然体そのもの。
飛び掛った忍二人には簡略だが的確に脳を揺らす一撃。
悠々と飛び退く姿さえもが脳裏に鮮やかに印象付いた。
そして今こうして吾妻から受けた報告。
藤見家と篠崎家が総出で保護……いや、この場合は捕縛が適当だろう。
分家も含めた優秀な両家で2日もかけて捕縛しなければならない程の手練だ。
それに五年前には所有していなかった刀を持ち帰っているという点も興味をそそられる。
書筒にあるように『自分だけの武器』を選んだという事だろうか。
謎が多い藤見家の黒幕に隠れた何かが垣間(かいま)見えたような気がした。
欲しい。
東条にあの男の血が欲しい。
能力の高い鬼は臣下にも多く居る。だが何かが違うと感じているのだ。
計り知れない何かがヤツにはあると、そう思った。黙って事を見守って、最悪の場合手放すには惜しすぎる。
「お言葉ですが、克彦様」
「何だ吾妻」
「克彦様は随分とお気に召されたようですが、婿殿を選ぶのは花姫様です」
考えていた事が顔に出ていたのか、忍のくせに普段から俺にズバズバと意見を言う吾妻が現実を突きつける。
さすがは昔馴染み。傍に居る年季が入っている分、容赦ない。もちろん、そんな事は理解している。
「そりゃそうだ。さすがの俺も娘に結婚相手まで強制しないさ」
「……では、」
「藤見は婿に選ばれなくても東条に引き込む」
吾妻の言葉を遮って言いきった俺に、3人の困惑した視線が集まる。
会ったばかりの者に、ここまで惹き付けられている事に危機感を募らせているのだろう。
特定のモノに固執しない東鬼一族の長である俺が、頑(かたく)なな執着を見せているからだ。
吾妻の言う通り、確かに個人的に気に入っている。
しかしその言葉で片付けてしまう事はできない。片付けてはならない。
使いようで、一歩誤れば計り知れない凶器になるものかもしれないのだから。
と言っても、半ば無理矢理配下に引き入れるのは最終手段だ。
東条に引き込むために一番有効な方法が明日に迫っている。即座に婿が決まるわけではないが、時間ができれば他の方法も考える事ができる。
それに東鬼一族の長という肩書や権力に興味を持っていない者は『新鮮』だ。
「そんな心配そうな顔をするな、力技は最終手段だ」
「最終手段は東条にとって過去に例を見ない程の損失になると思われます」
「相変わらず頭が固いな。明日の見合いが成功すれば無害で手に入るだろう」
「何度も申しますが、全ては花姫様のお心次第でございます」
未だに首を縦に振ろうとはしない吾妻。
娘を嫁に出す父親の心境になっているのだろうか。
いや、吾妻の気持ちは分かっている。ただ純粋に花の事を心配しているのだ。
花が生まれた時から成長を見守ってきた臣下なら抱く当然の気持ちだ。
父親である俺も、政略結婚という望まぬ婚姻を花に強(し)いたくはない。
だがな、吾妻。それでも俺には確信があるのだ。
先見の能力(ちから)など持っていないが、脳裏には東条の鮮やかな未来がある。
「花は必ずあの男を選ぶぜ……?」
ククッ、と咽(のど)で笑いながら低く漏らせば、再び三人の瞳が困惑に揺れる。
やや間があって、少しだけ震えた抵抗の声が吾妻から返ってきた。
忍がそんな風に動揺を表に出してしまうのは良くないぜ?
まぁ、吾妻が感情的になるのはこの4人で居る時だけだが。
「何を根拠にそのような戯言を仰るのですか」
「勘だ、勘」
「東鬼の長ともあろう方が、勘だけでの発言はお控え下さい」
「ならば賭けるか」
フッ、と室内に吹き込んだ風が行燈の火を一つ消した。
消えた火は俺の勘を示しているのか、それとも吾妻の心か。
傍仕えの二人が俺と吾妻の様子を伺って咽を鳴らした音が妙に耳につく。
過去何度か経験した、吾妻との意見の衝突。
俺は本心であれば決して自分の意志を覆さなかった。吾妻も、だ。逆に本心でなければ渋々ながらも互いに協力する道を歩んできたのだ。
「――賭ける対象が同じでは勝負になりません」
さすが最高の臣下にして最愛の旧友。
長い沈黙の後、渋々だが目を細めながら答えた吾妻の言葉に、俺は今日一番の笑みを口元に浮かべる。
消えた行燈の火を再び灯す吾妻の姿を見て、東条の未来に思いを馳せ目を閉じるのだった……。
あぁ、明日の見合いの席が本当に楽しみだ。
PR