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へっぽこ鬼日記 第十話(二)

第十話 (二)
 部屋に戻るまでの道中、無言のままでは気を遣わせてしまう気がして、俺は陽太に尋ねた。
 
「そう言えば城下町はどうだったんだ? 酒の他にも色々と見て回ったんだろう?」

 時間さえあれば俺も城下町を探索してみたい。
 広間での顔合わせでは花姫様に何もプレゼントできなかった。
 藤見家ではあからさまな媚びを売る好意をしないようだが、俺も男だ。好きな女の子にプレゼントの一つくらい贈りたい。
 それが無理でも、共通の話題として自分の目で見てきた城下町について語り合いたいと考えていた。
 だから事前に城下町の情報を少しでも集めておこうと思った……のだけど。

「とても有意義な時間を過ごすことができました。……前半は」
「前半?」

 最後の一言のみ、急降下したテンションと声色で呟いた陽太に首を傾げてしまう。
 道案内をしてもらっているので、今の俺の位置は陽太より少し後ろだ。
 だからその表情を直接確認することができない。ただ、自分の腕をゴシゴシとさすっている様子から、あまり良い事ではなかったのだと察する。

 陽太のことだから、それが俺にとって害に繋がるなら外出を止めたり、警戒すべきだと口を開くだろう。
 それを珍しく「話したくない」と態度に出すだけ。まぁ、陽太が嫌なら特に追及する必要はないが。


 そんな何とも言い難い時間もあったが、ようやく自分でも部屋への道順が分かる場所まで戻ってきた。
 もう案内無しでも大丈夫だ、という意味を込めて前を歩く陽太を追い抜く。

 すると、ちょうどそのタイミングで誰かが向かい側から大きな足音を立てて近づいてくる姿が目に入った。
 目に優しいとは言い難い黄色の着物。そして横に少しだけ幅広い体。その人物には見覚えがあった。
 あれは確か、見合いの席で俺と陽太に喧嘩を売って来たプチメタボさんだ。
 その後ろには従者らしきガチムチマッチョが一人。ちなみに彼の着物の色も黄色。
 うん、良いと思うよ黄色。希望の色だもんね。主従でお揃いとか素敵だよね。

 足を止めた俺に気付いたプチメタボさんは、更に足音を大きくして大股で俺の前に仁王立ちした。
 その表情は親の敵でも見るようで、今にも俺に殴り掛かって来そうだ。

「おのれ藤見恭、この私を愚弄しおって……!私が進む道を阻む邪魔者めが! どうしてくれようか!!」

 えええ、いきなり何ですか。
 殴られはしなかったが、俺に近づくなりそう叫びながらプチメタボさんは俺を指差した。
 俺にとっては何故文句を言われるのかが不明なので弁解しようがない。
 正直、激怒している人に質問するのが気が引けるが、妙な誤解があるなら解決したいと思って、とりあえず内容を聞いてみることにした。

「突然そう言われましても、一体何の事でしょうか」
「黙れ黙れ黙れ、このっ、すけこましが!」
「は? 何故そのような話に……」
「調子に乗るなよ藤見恭! 必ず、近い内に必ず貴様に恥をかかせてやるからな!!」

 うん、アレだ。とりあえず俺が何を言っても無駄なのは分かった。
 首から上の色を真っ赤にしながら俺に罵声を浴びせるプチメタボさん。
 俺の反応が薄い事が気に召さなかったようで、地団太を踏んで帯に挟んでいた扇子を高く掲げた。

 その動作を警戒した陽太が後ろで動いたような気がしたが、パッと手を上げて止める。
 殴られる可能性は捨てきれないが、いくら陽太が正当防衛として動いたとしても、プチメタボさんが相手では分が悪いと思ったからだ。

 しかしその心配を他所に、怒りが頂点に達したプチメタボさんは、金ピカの扇子の両端を持ち、勢い良く膝に打ち付ける事で真っ二つに割ろうとしただけだった。

 ――が、力の加減を間違ったのか。扇子は膝を強打するだけの武器になり割れる事はなかった。
 加えて説明すれば、余程の痛みを伴ったプチメタボさんは膝を押さえて蹲ってしまう。
そして慌ててプチメタボさんに駆け寄るガチムチマッチョ従者。


 ……何してんの、アンタ等。
 呆然と佇む俺と陽太の前に、蹲ったプチメタボさんと介抱するガチムチマッチョ従者という不思議空間が出来上がってしまった。
 二人の着物が黄色で、体格が良いので黄色の塊が廊下に転がっているようにしか見えない。
 正直言って、異様な光景。誰かに見られたら在らぬ誤解を招いてしまいそうだ。
 そして最終的に、あまりの痛がりようなので声を掛けようとしたが、ガチムチマッチョ従者がプチメタボさんを背負って退場してしまった。
 登場も退場も慌ただしくてインパクトが強いプチメタボさんだが、結局何が目的だったのかサッパリ分からない。

「何だろうな、今の……」

 ポツリと漏らした言葉に、陽太は賛同せず表情を険しくしていた。

「笑って見過ごすには許容範囲を超越していますね。恭様に失礼な態度を取ったのは覆しようのない事実です」
「陽太、俺は気にしていないから怒るな」
「しかしあの豚……ゴホン、あの方は恭様を蔑視しています。個人的な感情で暴言を吐くなど、愚か者がする事です。恥ずかしくはないのでしょうか」

 豚って言った。今絶対、豚って言った。
 もっとソフトな意見を期待していたのに、暴言が返ってきたよ。

 背に冷や汗を感じながら陽太を見ると、俺の視線には気づかずプチメタボさん達が去った方向を見ているままだった。
 その表情は怒りに満ちていて、心底嫌そうに顔を歪めて言葉を続けている。

「傲慢な態度で自分を強者として見せようとしているのでしょうか。今の発言で小細工を仕掛けた事が予測できますが、程度が知れましたね。生き残るために必死なのに、策の詰めが甘い事で落魄れる手本のような方だ」

 ケッ、と馬鹿にしたような声さえ出しそうな陽太は、今日も辛口コメントが絶好調のようだ。
 その様子から、俺の頭の中にプチメタボさんを『この豚が!』と罵りながら、バッサバッサ切り倒していく姿が目に浮かぶんですけど……ねぇ、幻覚だよねコレ。
 あとプチメタボさんの事が嫌いなのは良く分かったから、そろそろ発言に注意しようね。
 影口って意外と人に聞かれている事が多いし、本人に伝わる可能性も高いんだぞ。

 簡単に思ったことを口にする陽太を諌めるため、俺は小さく溜息を吐いてまだ何か言いたそうな陽太に言葉を被せた。
 それに、解釈は自由だけど陽太の言葉には少しだけ納得ができない部分がある。

「陽太、最後に生き残るのは力や権力が強い者でも立てる策が完璧な賢い者でもない」
「では何者が最後まで生き抜くのですか?」
「……何だと思う?」

 俺の言葉に、歪めていた顔を元に戻して小首を傾げる陽太。
 変わり様にいささかツッコミたいところだが、今回もスルーしておこう。

 さて、質問の答えだが……。
 質問を返すのは意地悪だが、簡単に答えを教えてしまう事は避けたい。
 すぐに答えを教えてしまう事で独自の考えが損なわれてしまう要因にもなる。
 陽太の考えにも興味があるし、導き出される答えに期待している事も事実だ。
 俺の思惑など理解しているはずのない陽太は、顎に手をあてて小さく唸っている。
 うーん、と首を傾げて答えを考えていた陽太だが、何かを閃いて嬉しそうに笑った。

 まぁ、そんな気持ちは陽太くんの口から飛び出す、とんでもない言葉で吹き飛ばされちゃうんだけどね!

「拷問を好む者ではないでしょうか!」
「…………は?」
「自由を奪った上で肉体的・精神的に痛めつける事により要求に従うように強要する。特に情報を自白させる目的で行われる事が多いですが非常に効果的だと思っています」

 あははー、何でそんなドSな発言しか出来ないのかな。
 驚き過ぎて満足なリアクションが取れなかったんですけど。
 笑顔が眩しくて、一瞬幻聴が聞こえたのかと思ったよ。

 俺の答えが正解だとは言わないけど、陽太の答えだけは違うと言える。
 もし陽太の答えが正解なら、世の中凄い事になってるよ。残酷な事になってるよ。
 何でそんなに残念そうなのかを小一時間ほど詰問したいけど、踏み込んではいけない領域だと思うので踏み止まる事を選択させてもらおう。

「拷問を好む者より強くて賢い者が相手の場合、それは実現できるか?」
「……難しいかと。それに、生き残るという事には役立たない気がします」
「もう少し考えてみるんだな」
「えぇっ、教えて下さらないのですか!?」
「あぁ、答えは保留だ。陽太への課題にしておくよ」

 間違いを諭した事で、陽太は残念そうに答えた。
 続く意地悪な俺の言葉に、聞き訳の良い印象が強い陽太が駄々を捏ねたそうにしている。
 そんな陽太の反応に気を良くした俺は、昨日悪戯っ子のような笑顔を向けられていた仕返しとばかりに悪役も真っ青な悪い顔で笑ってやった。





しかし、そんな風に和(なご)んだ雰囲気は、突如終わることとなってしまった。

「それは残念でなりませんなぁ。是非藤見殿のお考えを拝聴しとうございました」
「「――っ!」」

 俺達の背後から耳に届いた聞き覚えのない声に、空気が一瞬にして鋭いモノへ変化した。
 バッ! と音を立てて振り返った先には、三メートル弱の距離しか離れていない場所に重々しく存在感を主張する白髪の老人。
 整えられた白い口髭を指先で撫でながら、楽しそうに笑う老人に警戒心が募る。
 俺はともかく、陽太までもが気づかなかったなんて……。

 臨戦態勢を取って間合いを確かめている陽太が、半身分だけ前にずれて俺の盾になるような位置を陣取った。
 その動きを見て灰色に濁った眼を細めた老人は、口元の髭を撫でて更にその笑みを深めた。

「そう警戒されずとも、危害など加えませぬ。その証拠に、藤見殿の影獣(かげもの)も姿を見せておらぬでしょう」

 老人の言葉通り、確かに俺の護衛であるユキちゃんは影から姿を現していない。
 そのことから老人に言葉に少しだけ信憑性があるのだと分かるが、それが信じるに値するかと問われれば、返事は否だ。

「何者だ」
「東条に仕官する臣でございます。名乗るほどの者では……」

 俺と同じ思考の陽太の低い問い掛けに、変わらない態度で対応する老人に名乗る意志は無いようだ。
 そんな老人の姿勢から、とりあえず臨戦態勢だけは解くべきだと判断した俺は、針のように鋭い殺気を飛ばす陽太の肩を叩いて元の位置に戻らせる。
 もちろん、警戒心をなくした訳ではない。
 俺の意図を理解したのか、それとも既に先を読んでいたのかは不明だが、老人も当然のような気構えでそれを受け入れていた。
 正面から俺と向き合うこととなった老人が、改めて俺をその瞳で見据えて口を開く。

「一度お目通りを、と思ったのですが取り込み中のようでしたので。またの機会に改めて伺わせて頂きましょう。名はその時にお答え致します」

 老人の忍び笑いと共に、深みのある渋い声が耳に残る。
 取り込み中という言葉から、プチメタボさんとの一悶着を見ていたという事を匂わせる。
「しかし藤見殿、婿候補同士で仲違いがあるなど感心できぬ事でございますぞ」
「……そう見えましたか」
「やや一方的ではありましたが、大きくは違いますまい」
「少し誤解があるだけです。話し合えば理解してくれます」
「さて、藤見殿の欠けた部分を探そうと目論む者の目を逃れられますかな? 上手く隠しているようでも、鑑識眼(かんしきがん)のある者ならば一目瞭然でしょう。欠けている事に気付かれるのは時間の問題。向き合わねば脆弱なままですぞ」

 ビクリと、殺気立っていた陽太の身体が老人の言葉を受けて一瞬だけ揺れた。
 俺には意味が分からなかったけれど、確かに最後の言葉は、俺の隣に控えている陽太へ向けた発言だった。

 陽太の様子を盗み見たいのもやまやまだが、今は何故かこの老人から視線を外してはいけない気がした。
 その代わり、せめてもの対抗だとばかりに奥歯を噛み締めながら眉を寄せて目を細めた。
 しかし上手く伝わらなかったのか、無視されたのかは定かでは無いが、会話はそこで途切れてしまった。

 俺達からの言葉もなければ、老人からの言葉もない。
 ピリピリとした空気が緩和されるはずもなく、止めに入る者もいない。
 結局、互いに自然と別れるべき空気を悟って、老人は自ら頭を下げてその場を後にした。
 俺と陽太は、その姿が廊下の先に消えるまでずっと目で追っていた――。




「今の言葉、どういう意味なのか陽太は分かっているのか」
「っ……! オ、オレは無能な従者ですので、それを指摘なさっているのだと思います」

 老人の姿が完全に見えなくなった後、当事者の陽太に老人の言葉の意味を尋ねた。
 だが解答に心当たりがあるにもかかわらず陽太の反応は鈍く、ポツリと呟くような答えしか返されなかった。
 けれど、その解答に俺は納得できないとばかりに首を傾げてしまった。

 陽太が無能? 何の冗談だよ、それ。
 俺、陽太ほど有能な従者って居ないと思ってるんだけど。
 良妻の如く気がきくし、俺の事を第一に考えてくれてる事が凄く伝わってくる。
 それだけじゃない。陽太の事は、気心許せる友達だと認識している。

 馬鹿馬鹿しいという結論に至ったので、陽太の脱力感さえ感じる答えに肩を竦(すく)めて、俺は心外だと大きめの声を出した。
 老人の言葉など吹き飛ばすつもりだったせいか、静かな廊下に声がよく響いた。

「馬鹿言うな、お前が居なきゃ俺なんか何も出来ない。それに、そんな風に自分の事を悪く評価しても何も解決しないだろ」
「しかしオレは未だ――……!」
「じゃぁ俺達二人合わせて『無能主従』だな。お前と一緒なら有能や無能という評価なんて気にならない」
「……きょ、う様」

 俺より少しだけ低い位置にある頭をグシャグシャに撫でてやる。
 あの老人に言われた事を気にして落ち込んでいる陽太への、俺なりの励ましだ。

 老人の言った言葉の意味は分らない。
 陽太が理解している陽太の欠点を俺は知らない。

 だから、彼等が考える『欠けた部分』が俺にとって致命傷になるはずがないのだ。
 『欠けた部分』があるが故に生じる影響よりも、陽太という存在が欠けた方が影響が大きい。
 そんな馬鹿げた比較を、鼻で笑いたくなるほどに明確な事だ。比べるまでもない。

「お前が考えるほど、お前の欠点は俺にとって重要ではない」

 頭にあった手を移動させて陽太の目元を覆い隠す。
 恐らく陽太の視界は黒一色で、視力を補うために活発になった聴力が俺の声を鮮明に拾っているだろう。

「俺にとって重要なのは、お前が俺と肩を並べる意志を失う事だ」

 そう言って、陽太の目元を覆っていた手を放せば、少しだけ赤くなった陽太の眼が強い意志を持って輝いていた。
 ゆっくりと時間をかけて戻っていく陽太の笑顔は、いつもと同じ子供のような笑顔だった。

 また言葉を交わすかもしれない老人の姿を思い浮かべる。
 今回は言い逃げを許す形になってしまったが、次は逃がさない。

 次に同じ事を言われたら、反論するであろう陽太より先に俺が文句を言ってやろう。
 また同じ言葉で陽太が落ち込んだのなら、今度はデコピンで目を覚ましてやろう。

 俺が陽太の支えになるかは、本人では無いので分らない。
 だが少なくとも、俺にとっての陽太は頼りになる親友で失う事など考えたくもない無二の存在だ。

 だから俺は、世界中が陽太を蔑んで否定しても最後まで味方でいる事を誓う。
 周囲の言葉など俺の考えには無意味だ。俺は自分で見て感じた事しか信じない。
 だから俺は、感じたままに陽太を『親友』と呼ぼう。
 いつか陽太から、俺の事を『親友』と呼んでくれる事を期待しながら。

 いつか陽太が、俺と同じように無二の存在だと認識してくれる日を夢見ながら――。
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