へっぽこ鬼日記 閑話 藤見と篠崎のはじまり
閑話 藤見と篠崎のはじまり
――鬼、それは古より時代に名を連ねてきた歴史ある種族。
鬼道術と呼ばれる妖の術を操り、反則なまでに長けた身体能力で他族を凌駕する存在。
誰もが額に二本の角を隠し持ち、己の力を最大限に発揮する時のみ"鬼化"して本来の姿を現す。
今でこそ角ある姿を表に出す事は無いが、東西南北の鬼一族の争いが激化していた約三百年前では事ある毎に本来の姿で鬼達が戦っていた。
戦鬼として今でも鬼達の憧れの的となっている当時の藤見家当主も、それは見事な鬼だったと文献に残っている。
藤見家の従者である我が篠崎家も、右腕という肩書に恥じぬ活躍をみせたのだとも。
そんな藤見家と篠崎家の繋がりは初代当主まで時を遡る。
今は各家に伝わる伝承でしか当時の関係を知る事はできないが、それは主従であって主従でない関係だったという。
始まりは二人の少年だった。
同郷で生を受け共に育った同じ年代の二人が後の藤見家と篠崎家の繋がりを築いた立役者。
友人であり、好敵手でもあった二人は友情の誓いを結んで互いを親友と呼び合った。
だがある時、篠崎の少年は生死の境を彷徨うほどの大病を患った。
医師の知識では原因不明のため苦し紛れに処方される薬は効くはずもなく、日に日に衰弱していく友を目の前にして藤見の少年は名医と誉れ高い遠方の翁の元へ向かった。
その旅路は決して楽な物ではなかったが、傷だらけになりながら短時間で幾つもの山を越えた。
友と失う事への恐怖と焦りが藤見の少年の背を後押ししたのだろう。
足腰が弱く遠出する事が出来ないという医師を背負って、少年は来た道をひた走った。
少年の体力も限界だったはずなのに、少年は弱音一つ漏らさず疲労で震える脚を前へ進めた。
まるで医師に望みを託す事が唯一の拠り所だと言わんばかりの姿で。
しかし里に帰り着いた頃には、病に冒された篠崎の少年は虫の息だった。
それは最後の時を友に看取ってもらう為に息をしているようにも見えた。
そんな姿を診て、手の施しようがないと首を横に振る医師に藤見の少年は初めて涙を零し医師に泣き縋った。
自分達の命を賭けた『禁薬』を作って欲しい――……、と。
鬼一族には『禁薬』と呼ばれる禁断の秘薬がある。
製造過程は難しくないが代償の大きな薬であるため禁断とされている、万能薬に近い薬が。
その存在を知っていた藤見の少年は、それを作って欲しいと医師の翁に懇願した。
『禁薬』を作るには材料として『鬼の角』と『絆』が必要だった。
万能薬に近いそれは、第一関門として薬元になる角の持ち主と薬を飲む者の間に強い絆があるかが試される。
絆が足りなければ『禁薬』に手を出した代償として両者共、命を差し出す事になる。生のために命を賭ける必要がある薬だ。
更に、例え絆が足りて生き延びたとしても角を折った鬼は『力』の殆どを失ってしまう。
鬼が力を失うという事は、大空を自由に飛び回る鳥が翼を失った事と何ら変わりがない。
元の一割にも満たない力で、劣ってしまった鬼にできる事は少なく卑下の対象となる事も有り得る。
それでも薬を作るのか、と医師は訪ねた。
そして、それに一瞬の間さえ置かず首を縦に振った藤見の少年は、医師が止める間も与えず鬼化して生えた己の片角をへし折った。
驚愕の相を浮かべる医師に藤見の少年は迷いなき瞳で告げた。
禁薬の代償で己の命が尽きるなら、それは抗えぬ天命だと。
禁薬を試す道を選ばず自分だけが生き残っても、親友が居なければ翼を失った鳥に変わりない。
例え自分達の立場が逆だとしても親友も同じ事をしたに違いない。
だから独りで親友を逝かせる事はしない、生きる時も死ぬ時も一緒なのだと。
その言葉に二人の強い絆を感じた医師は、藤見の少年が自ら折った角で少年達の未来を繋ぐための薬を作った。
結果、強い絆で結ばれていた二人の少年は生き延びる事ができた。
医師の言葉通り、片角を差し出した藤見の少年は力の殆どを失ったが、篠崎の少年は無事に病から回復した。
そして、親友の角で作った禁薬で生き長らえた事を知った篠崎の少年は、親友として生きると共に永遠の忠誠を魂の契約として誓った。
命を賭けてまでも、己が生きる為に手を差し伸べてくれた唯一無二の絶対的存在に。
翼を失った鳥のような主に、己が翼になると告げて生涯を捧げた。
もともと結んでいた友情の誓いに、魂による隷属の契約を成した。
藤見の少年はとても呆れたけれど、最後には苦笑しながら篠崎の少年に告げた。
命の恩人だと自分を崇める必要はない。
互いに絆がなければ自分達は共に天へ召されていた。だから自分達は互いの命の恩人だ――、と。
そんな二人が藤見家と篠崎家の始まりだ。
藤見家と篠崎家の長い歴史の中で、どのようにして今の地位や家臣を得たかは別の話になるが、この関係だけは揺らぎようがない。
藤の名を持つ鬼には、魂をも捧げる従者が居る。
それは呪縛に似た永遠の誓い。
呪縛を解く方法はいくらでも存在するのに、呪縛にさえ縋りたいと思えるほどに幸福な契約という名の約束。
篠崎家の魂には、藤見家との友情の誓いの上に隷属する魂の契約がある。
名高い藤見家と篠崎家の関係は魂の契約だけが噂を呼んでいるが、両家には何者にも邪魔をされない絆が存在している。
故に、いくら篠崎家の鬼が藤見家のために命を賭けて仕えたとしても、主である藤見家の鬼は篠崎家を親友として扱うのだ。
始まりは二人の若い鬼だった。
終わりは見えず、終わらせる様子もなければ意志もない。
藤見家には過去も未来も変わらず魂の契約を結ぶ友――篠崎家が存在する。
それは、始まりの少年達が結んだ友情の誓いによって成り立つ関係。
篠崎家には未来永劫に渡り魂を捧げるべき唯一の主――藤見家が存在する。
それは、始まりの少年達が結んだ魂の隷属によって成り立つ関係。
藤見の地には鬼が居る。
治める鬼と仕える鬼、そんな彼等に膝を折り同じ地で生きる事を選んだ多くの鬼が。
東鬼が生きる南の地には藤が舞う。
他族を牽制し、雄大に誇らしく生きる鬼達を称えるように藤は咲く。
今となっては生きながらにして語る者は存在しないけれど。
藤の花とその地に生きる鬼達は受け継いだ契約を自らの意志によって強く育てていく。
厚い信頼を互いに抱いたまま、藤の花とその地は朽ちる事なく咲き誇る。
藤の名を持つ全ての鬼が、その地で果てるその日まで。
藤の花がその地で永久に咲かなくなる、その日まで――……。
鬼道術と呼ばれる妖の術を操り、反則なまでに長けた身体能力で他族を凌駕する存在。
誰もが額に二本の角を隠し持ち、己の力を最大限に発揮する時のみ"鬼化"して本来の姿を現す。
今でこそ角ある姿を表に出す事は無いが、東西南北の鬼一族の争いが激化していた約三百年前では事ある毎に本来の姿で鬼達が戦っていた。
戦鬼として今でも鬼達の憧れの的となっている当時の藤見家当主も、それは見事な鬼だったと文献に残っている。
藤見家の従者である我が篠崎家も、右腕という肩書に恥じぬ活躍をみせたのだとも。
そんな藤見家と篠崎家の繋がりは初代当主まで時を遡る。
今は各家に伝わる伝承でしか当時の関係を知る事はできないが、それは主従であって主従でない関係だったという。
始まりは二人の少年だった。
同郷で生を受け共に育った同じ年代の二人が後の藤見家と篠崎家の繋がりを築いた立役者。
友人であり、好敵手でもあった二人は友情の誓いを結んで互いを親友と呼び合った。
だがある時、篠崎の少年は生死の境を彷徨うほどの大病を患った。
医師の知識では原因不明のため苦し紛れに処方される薬は効くはずもなく、日に日に衰弱していく友を目の前にして藤見の少年は名医と誉れ高い遠方の翁の元へ向かった。
その旅路は決して楽な物ではなかったが、傷だらけになりながら短時間で幾つもの山を越えた。
友と失う事への恐怖と焦りが藤見の少年の背を後押ししたのだろう。
足腰が弱く遠出する事が出来ないという医師を背負って、少年は来た道をひた走った。
少年の体力も限界だったはずなのに、少年は弱音一つ漏らさず疲労で震える脚を前へ進めた。
まるで医師に望みを託す事が唯一の拠り所だと言わんばかりの姿で。
しかし里に帰り着いた頃には、病に冒された篠崎の少年は虫の息だった。
それは最後の時を友に看取ってもらう為に息をしているようにも見えた。
そんな姿を診て、手の施しようがないと首を横に振る医師に藤見の少年は初めて涙を零し医師に泣き縋った。
自分達の命を賭けた『禁薬』を作って欲しい――……、と。
鬼一族には『禁薬』と呼ばれる禁断の秘薬がある。
製造過程は難しくないが代償の大きな薬であるため禁断とされている、万能薬に近い薬が。
その存在を知っていた藤見の少年は、それを作って欲しいと医師の翁に懇願した。
『禁薬』を作るには材料として『鬼の角』と『絆』が必要だった。
万能薬に近いそれは、第一関門として薬元になる角の持ち主と薬を飲む者の間に強い絆があるかが試される。
絆が足りなければ『禁薬』に手を出した代償として両者共、命を差し出す事になる。生のために命を賭ける必要がある薬だ。
更に、例え絆が足りて生き延びたとしても角を折った鬼は『力』の殆どを失ってしまう。
鬼が力を失うという事は、大空を自由に飛び回る鳥が翼を失った事と何ら変わりがない。
元の一割にも満たない力で、劣ってしまった鬼にできる事は少なく卑下の対象となる事も有り得る。
それでも薬を作るのか、と医師は訪ねた。
そして、それに一瞬の間さえ置かず首を縦に振った藤見の少年は、医師が止める間も与えず鬼化して生えた己の片角をへし折った。
驚愕の相を浮かべる医師に藤見の少年は迷いなき瞳で告げた。
禁薬の代償で己の命が尽きるなら、それは抗えぬ天命だと。
禁薬を試す道を選ばず自分だけが生き残っても、親友が居なければ翼を失った鳥に変わりない。
例え自分達の立場が逆だとしても親友も同じ事をしたに違いない。
だから独りで親友を逝かせる事はしない、生きる時も死ぬ時も一緒なのだと。
その言葉に二人の強い絆を感じた医師は、藤見の少年が自ら折った角で少年達の未来を繋ぐための薬を作った。
結果、強い絆で結ばれていた二人の少年は生き延びる事ができた。
医師の言葉通り、片角を差し出した藤見の少年は力の殆どを失ったが、篠崎の少年は無事に病から回復した。
そして、親友の角で作った禁薬で生き長らえた事を知った篠崎の少年は、親友として生きると共に永遠の忠誠を魂の契約として誓った。
命を賭けてまでも、己が生きる為に手を差し伸べてくれた唯一無二の絶対的存在に。
翼を失った鳥のような主に、己が翼になると告げて生涯を捧げた。
もともと結んでいた友情の誓いに、魂による隷属の契約を成した。
藤見の少年はとても呆れたけれど、最後には苦笑しながら篠崎の少年に告げた。
命の恩人だと自分を崇める必要はない。
互いに絆がなければ自分達は共に天へ召されていた。だから自分達は互いの命の恩人だ――、と。
そんな二人が藤見家と篠崎家の始まりだ。
藤見家と篠崎家の長い歴史の中で、どのようにして今の地位や家臣を得たかは別の話になるが、この関係だけは揺らぎようがない。
藤の名を持つ鬼には、魂をも捧げる従者が居る。
それは呪縛に似た永遠の誓い。
呪縛を解く方法はいくらでも存在するのに、呪縛にさえ縋りたいと思えるほどに幸福な契約という名の約束。
篠崎家の魂には、藤見家との友情の誓いの上に隷属する魂の契約がある。
名高い藤見家と篠崎家の関係は魂の契約だけが噂を呼んでいるが、両家には何者にも邪魔をされない絆が存在している。
故に、いくら篠崎家の鬼が藤見家のために命を賭けて仕えたとしても、主である藤見家の鬼は篠崎家を親友として扱うのだ。
始まりは二人の若い鬼だった。
終わりは見えず、終わらせる様子もなければ意志もない。
藤見家には過去も未来も変わらず魂の契約を結ぶ友――篠崎家が存在する。
それは、始まりの少年達が結んだ友情の誓いによって成り立つ関係。
篠崎家には未来永劫に渡り魂を捧げるべき唯一の主――藤見家が存在する。
それは、始まりの少年達が結んだ魂の隷属によって成り立つ関係。
藤見の地には鬼が居る。
治める鬼と仕える鬼、そんな彼等に膝を折り同じ地で生きる事を選んだ多くの鬼が。
東鬼が生きる南の地には藤が舞う。
他族を牽制し、雄大に誇らしく生きる鬼達を称えるように藤は咲く。
今となっては生きながらにして語る者は存在しないけれど。
藤の花とその地に生きる鬼達は受け継いだ契約を自らの意志によって強く育てていく。
厚い信頼を互いに抱いたまま、藤の花とその地は朽ちる事なく咲き誇る。
藤の名を持つ全ての鬼が、その地で果てるその日まで。
藤の花がその地で永久に咲かなくなる、その日まで――……。
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