へっぽこ鬼日記 第十六話
第十六話 訪れた面会者
城下町探索を始めてから数日経過し、呉服屋や酒屋、甘味屋の店員さん達と仲良くなれた。
そして、婿候補で決めたローテーションが俺の番に回ってきた日。
俺の近況を知りたがった花姫様に城下町を見回っていることを話し、あわよくばデートに誘おうと思っていた時だ。俺が驚愕の新事実を耳にしたのは。
「鈴風でございますか? ええ、よく存じております。頭を務める者が東条で働いておりましたもの」
「なるほど。では花姫様も御用達なのですか?」
「鈴風を? その者が城にいる時は警護に当たってくれていましたが、今は特に……」
「……警護? 鈴風が?」
「はい。城下の治安と東条への危害を防ぐために作られた、志の強い方々が多く集まる組織ですもの」
なん、だと……? 鈴風って女性向けの商品を扱う店じゃなかったのか!?
どどどどうやら俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。良かった、それとなく話題に出してみて。
一歩間違えばデート先に鈴風を選択して誘うところだったよ! あぶね~……警護組織を見学に行くとか、どんなデートだ。
花姫様には申し訳ないが、どうやらデートはまた調査をし直さなくてはならないらしい。
鈴風以外の所を見て回ることもできるが、女の子向けの品物を扱う店で長時間滞在する予定だった俺の計画は丸潰れだ。
だから今度こそ、呉 服屋にしっかり贔屓の小物屋について聞いて下準備をしておこうと心に決めた。
ちくしょう、俺のおバカさん……!
◆◇◆
その翌日。
適当に庭を歩きながら陽太と今日の予定について話していると、丸々とした婿候補の一人、プチメタボさんと遭遇してしまった。
今日はローテーション通りなら麻呂様が花姫様と会っているはずなので、プチメタボさんも俺と同じで暇なのだろう。
えっと、名前は何だったかな。勝手に愛称付けて呼んでるからしっかり覚えてないんだよね。確か――戸館何とかさん、だったよね?
「ハハハ、また城下でも見回るつもりか。藤見殿は随分と暇なようだ!」
「……戸館殿」
俺と 同じように従者を後ろに控えさせるプチメタボさんは、自分のことを棚に上げて俺を馬鹿するように笑った。
陽太が一瞬で笑顔を消し、虫ケラでも見るような表情になったのは見なかったことにしよう。うん、俺は何も気づかなかった。
幸い、プチメタボさんも陽太の変化に特に気づかなかったようだ。
懐から取り出した金ピカの扇を広げたり閉じたりを繰り返しながら、胸を張って俺に話しかけ続ける。
「城下町など退屈なだけだろう。どうだ? 私の話でも聞いて一日を無駄なく過ごしてみては。暇ではないのだが、少しであれば時間を作ってやっても構わんが」
えー……それって、「どうしてもって言うなら話し相手になってあげるわ。べ、別にアンタのこと なんか何とも思ってないんだからね!」的な解釈でいいんですかね?
デートコースを再調査するという重要な目的もあるし、プチメタボさんとお話したいと思わないから遠慮したいんですけど。
盛大に顔を歪めて拒否したいのを耐えるため、俺は顔の筋肉を動かさないよう全神経を集中した。
笑ってしまえば肯定として受け取られるし、顰めてしまえば拒否したいのだとバレて相手の気分を害してしまう。
婿候補の人達に嫌われていることは知っているけれど、いつまでも険悪なままなのも個人的には改善したいと思っているのだ。
だから、何とか角の立たない方法でプチメタボさんのご機嫌を損ねず回避したいと考えていた。
すると、少し後ろに控え ていた陽太が動いたような気配を感じたと同時に、俺の影から真っ白な仔猫――ユキちゃんが飛び出してきた。
俺とプチメタボさんの間に立ち塞がるユキちゃんは、プチメタボさんの顔を一瞬だけ確認してからすぐに俺の体に飛びかかる。
その行動の意味はよく分からないけれど、膝辺りに一度ベタっと貼りついてからよじ登ってくる姿が可愛いので許す!
いつもの定位置である肩口に後ろから覗くようにスタンバイすると、完了だとばかりに一度「にゃー」と鳴いた。ふわふわの毛が頬や首筋に当たってくすぐったい。
「何だその猫は。一体どこから……」
「私の影からですよ。普段は影の中にいるので姿は見せません」
「影? ……まさか、影獣か」
プチメタボさんはユキちゃんを見たいのか、一歩距離を詰めて身を乗り出すようにしてきた。
見つめるというか、ガン見レベルでユキちゃんを凝視しているプチメタボさん。その様子から、影獣を見た事がないのだろうかと思って、俺は首を傾げた。
ユキちゃんのように可愛い仔猫が護衛の獣となっていることに驚いているのかもしれない。
まぁ、その部分には俺も最初は同じ心境だった。護衛というより、完全に癒し要員としてユキちゃんを可愛がっているので、危険には晒したくないと考えていたからだ。
もしかしてプチメタボさんも猫が好きなのかな? と思った俺は、少しくらいなら見られていても良いか、という軽い気持ちでそのまま動かずにいた。
しかし、ユキちゃんはプチメタボさんの視線がお気に召さなかったようだ。
プチメタボさんには見えないが、俺の背中を尻尾でペシペシと叩いて拒絶の意思を伝えてくる。
控えていた陽太が、仲が悪いにもかかわらずユキちゃんの盾になろうと前に出るくらいだ。俺としてはそこまで害悪は感じなかったのだけど、プチメタボさんの視線はそんなにも危なかったのだろうか。
今もなお、背中を叩いてくるユキちゃんを落ち着けるため、ユキちゃんの頭に手を伸ばした。
もふもふっとした柔らか毛を優しく撫でると落ち着いたのか、背中への攻撃が止んだ。
それとほぼ同じタイミングで、俺達の近くに突然人影が出現した。
黒い装束姿に背中に刀を背負っ た男性。その人には見覚えがあった。そう、確か――東条の忍者さん達の親玉である、吾妻あづまさんだ。
シュタッ、とその場に現れた吾妻さんは顔を口布で隠しているので表情を窺わせない。それも相俟って、謎めいた空気を醸し出している。か、かっこいい……!
第三者の介入に驚いたのか、ユキちゃんはピンと耳を立てて吾妻さんを警戒しているようだ。
尻尾の動きは止まっているが、ぷにぷにとした肉球の奥に隠していた爪が出て俺の着物に食い込んだ。
もちろん、そんなユキちゃんの警戒を吾妻さんが気にするはずもなかった。
ちなみに、プチメタボさんは吾妻さんの登場に驚きすぎて、その場に座り込んでいる。従者に支えられていなければ、後ろにひ っくり返っていただろう。
吾妻さんは俺達を一通り見た後、最終的に俺に視線を止めて口を開く。どうやら俺に用があって来たらしい。
「藤見殿、城門の所に面会者が参っております」
「面会者……?」
はて、誰だろう。
呉服屋や酒屋の店員さん達が、わざわざ城にまで顔を見せに来てくれるとは考えにくい。
そもそも東条での俺の立場は客分なので、我が物顔で面会者を招き入れるという失礼な行いはできないはずだ。
店員さん達もその辺の内情は説明しなくても分かってくれているはず。
だから、吾妻さんに「面会者が来ている」と言われてもピンとこなかったのだ。
まぁ、とりあえず城門の所へ向かうことにしようか 。
俺を呼びに来てくれた吾妻さんにも、俺に面会を申し込んだという人物にも長時間待たせてしまうのは申し訳ない。
そう結論付けた俺は、突然の吾妻さんの登場に驚いて半分腰を抜かしているプチメタボさんに断りを入れた。
「戸館殿、急用ができましたので私はこれで失礼します」
「う、うぬぬ……そのようだな」
金ピカの扇でパタパタと自分をあおぎながら、プチメタボさんは小さく返事をした。
まだこの場から動けないようなので、俺は最後に一度頭を下げて城門へ向かおうと足を進めた。
吾妻さんは伝言という目的を果たした後、すぐに姿を消してしまったので既にこの場に居ない。
斜め後ろに陽太、肩口にユキちゃんを連 れて、俺は城門があると思う方向に無言で進んだ。
ぶっちゃけ城内で迷子になりそうな気もしているのだけど、間違っていれば陽太が空気を読んで案内してくれるだろうと他力本願なことを考える。
そして、まだ見ぬ「面会者」との出会いに少しの期待と不安を抱くのだった――
そして、婿候補で決めたローテーションが俺の番に回ってきた日。
俺の近況を知りたがった花姫様に城下町を見回っていることを話し、あわよくばデートに誘おうと思っていた時だ。俺が驚愕の新事実を耳にしたのは。
「鈴風でございますか? ええ、よく存じております。頭を務める者が東条で働いておりましたもの」
「なるほど。では花姫様も御用達なのですか?」
「鈴風を? その者が城にいる時は警護に当たってくれていましたが、今は特に……」
「……警護? 鈴風が?」
「はい。城下の治安と東条への危害を防ぐために作られた、志の強い方々が多く集まる組織ですもの」
なん、だと……? 鈴風って女性向けの商品を扱う店じゃなかったのか!?
どどどどうやら俺はとんでもない勘違いをしていたようだ。良かった、それとなく話題に出してみて。
一歩間違えばデート先に鈴風を選択して誘うところだったよ! あぶね~……警護組織を見学に行くとか、どんなデートだ。
花姫様には申し訳ないが、どうやらデートはまた調査をし直さなくてはならないらしい。
鈴風以外の所を見て回ることもできるが、女の子向けの品物を扱う店で長時間滞在する予定だった俺の計画は丸潰れだ。
だから今度こそ、呉 服屋にしっかり贔屓の小物屋について聞いて下準備をしておこうと心に決めた。
ちくしょう、俺のおバカさん……!
◆◇◆
その翌日。
適当に庭を歩きながら陽太と今日の予定について話していると、丸々とした婿候補の一人、プチメタボさんと遭遇してしまった。
今日はローテーション通りなら麻呂様が花姫様と会っているはずなので、プチメタボさんも俺と同じで暇なのだろう。
えっと、名前は何だったかな。勝手に愛称付けて呼んでるからしっかり覚えてないんだよね。確か――戸館何とかさん、だったよね?
「ハハハ、また城下でも見回るつもりか。藤見殿は随分と暇なようだ!」
「……戸館殿」
俺と 同じように従者を後ろに控えさせるプチメタボさんは、自分のことを棚に上げて俺を馬鹿するように笑った。
陽太が一瞬で笑顔を消し、虫ケラでも見るような表情になったのは見なかったことにしよう。うん、俺は何も気づかなかった。
幸い、プチメタボさんも陽太の変化に特に気づかなかったようだ。
懐から取り出した金ピカの扇を広げたり閉じたりを繰り返しながら、胸を張って俺に話しかけ続ける。
「城下町など退屈なだけだろう。どうだ? 私の話でも聞いて一日を無駄なく過ごしてみては。暇ではないのだが、少しであれば時間を作ってやっても構わんが」
えー……それって、「どうしてもって言うなら話し相手になってあげるわ。べ、別にアンタのこと なんか何とも思ってないんだからね!」的な解釈でいいんですかね?
デートコースを再調査するという重要な目的もあるし、プチメタボさんとお話したいと思わないから遠慮したいんですけど。
盛大に顔を歪めて拒否したいのを耐えるため、俺は顔の筋肉を動かさないよう全神経を集中した。
笑ってしまえば肯定として受け取られるし、顰めてしまえば拒否したいのだとバレて相手の気分を害してしまう。
婿候補の人達に嫌われていることは知っているけれど、いつまでも険悪なままなのも個人的には改善したいと思っているのだ。
だから、何とか角の立たない方法でプチメタボさんのご機嫌を損ねず回避したいと考えていた。
すると、少し後ろに控え ていた陽太が動いたような気配を感じたと同時に、俺の影から真っ白な仔猫――ユキちゃんが飛び出してきた。
俺とプチメタボさんの間に立ち塞がるユキちゃんは、プチメタボさんの顔を一瞬だけ確認してからすぐに俺の体に飛びかかる。
その行動の意味はよく分からないけれど、膝辺りに一度ベタっと貼りついてからよじ登ってくる姿が可愛いので許す!
いつもの定位置である肩口に後ろから覗くようにスタンバイすると、完了だとばかりに一度「にゃー」と鳴いた。ふわふわの毛が頬や首筋に当たってくすぐったい。
「何だその猫は。一体どこから……」
「私の影からですよ。普段は影の中にいるので姿は見せません」
「影? ……まさか、影獣か」
プチメタボさんはユキちゃんを見たいのか、一歩距離を詰めて身を乗り出すようにしてきた。
見つめるというか、ガン見レベルでユキちゃんを凝視しているプチメタボさん。その様子から、影獣を見た事がないのだろうかと思って、俺は首を傾げた。
ユキちゃんのように可愛い仔猫が護衛の獣となっていることに驚いているのかもしれない。
まぁ、その部分には俺も最初は同じ心境だった。護衛というより、完全に癒し要員としてユキちゃんを可愛がっているので、危険には晒したくないと考えていたからだ。
もしかしてプチメタボさんも猫が好きなのかな? と思った俺は、少しくらいなら見られていても良いか、という軽い気持ちでそのまま動かずにいた。
しかし、ユキちゃんはプチメタボさんの視線がお気に召さなかったようだ。
プチメタボさんには見えないが、俺の背中を尻尾でペシペシと叩いて拒絶の意思を伝えてくる。
控えていた陽太が、仲が悪いにもかかわらずユキちゃんの盾になろうと前に出るくらいだ。俺としてはそこまで害悪は感じなかったのだけど、プチメタボさんの視線はそんなにも危なかったのだろうか。
今もなお、背中を叩いてくるユキちゃんを落ち着けるため、ユキちゃんの頭に手を伸ばした。
もふもふっとした柔らか毛を優しく撫でると落ち着いたのか、背中への攻撃が止んだ。
それとほぼ同じタイミングで、俺達の近くに突然人影が出現した。
黒い装束姿に背中に刀を背負っ た男性。その人には見覚えがあった。そう、確か――東条の忍者さん達の親玉である、吾妻あづまさんだ。
シュタッ、とその場に現れた吾妻さんは顔を口布で隠しているので表情を窺わせない。それも相俟って、謎めいた空気を醸し出している。か、かっこいい……!
第三者の介入に驚いたのか、ユキちゃんはピンと耳を立てて吾妻さんを警戒しているようだ。
尻尾の動きは止まっているが、ぷにぷにとした肉球の奥に隠していた爪が出て俺の着物に食い込んだ。
もちろん、そんなユキちゃんの警戒を吾妻さんが気にするはずもなかった。
ちなみに、プチメタボさんは吾妻さんの登場に驚きすぎて、その場に座り込んでいる。従者に支えられていなければ、後ろにひ っくり返っていただろう。
吾妻さんは俺達を一通り見た後、最終的に俺に視線を止めて口を開く。どうやら俺に用があって来たらしい。
「藤見殿、城門の所に面会者が参っております」
「面会者……?」
はて、誰だろう。
呉服屋や酒屋の店員さん達が、わざわざ城にまで顔を見せに来てくれるとは考えにくい。
そもそも東条での俺の立場は客分なので、我が物顔で面会者を招き入れるという失礼な行いはできないはずだ。
店員さん達もその辺の内情は説明しなくても分かってくれているはず。
だから、吾妻さんに「面会者が来ている」と言われてもピンとこなかったのだ。
まぁ、とりあえず城門の所へ向かうことにしようか 。
俺を呼びに来てくれた吾妻さんにも、俺に面会を申し込んだという人物にも長時間待たせてしまうのは申し訳ない。
そう結論付けた俺は、突然の吾妻さんの登場に驚いて半分腰を抜かしているプチメタボさんに断りを入れた。
「戸館殿、急用ができましたので私はこれで失礼します」
「う、うぬぬ……そのようだな」
金ピカの扇でパタパタと自分をあおぎながら、プチメタボさんは小さく返事をした。
まだこの場から動けないようなので、俺は最後に一度頭を下げて城門へ向かおうと足を進めた。
吾妻さんは伝言という目的を果たした後、すぐに姿を消してしまったので既にこの場に居ない。
斜め後ろに陽太、肩口にユキちゃんを連 れて、俺は城門があると思う方向に無言で進んだ。
ぶっちゃけ城内で迷子になりそうな気もしているのだけど、間違っていれば陽太が空気を読んで案内してくれるだろうと他力本願なことを考える。
そして、まだ見ぬ「面会者」との出会いに少しの期待と不安を抱くのだった――
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