へっぽこ鬼日記 第十四話
第十四話 東条の城下町
花姫様と一日ずつ交替で過ごすという条約を俺達婿候補は結んだ。
ローテーションの最後になってしまった俺は次に花姫様と時間を共に過ごすまでに三日間も暇を持て余すことになる。
偶然を装って花姫様の部屋の近くをウロつくのも一つの手だが、何かストーカーっぽいのでその案は没にしておいた。
特に良作だと思える案も浮かばず就寝した日の翌日、朝餉後に花姫様宛の手紙を書いていると陽太が熱いお茶を出しながら口を開いた。
「次に花姫様とお逢いになるまでの三日間は、どう過ごされるのですか?」
「そうだなぁ……特に決めていないが、一度城下町を見て回りたいとは思ってる。確か陽太は町に行った事があるよな? 都合が良ければ案内を頼……」
「はいっ、お供させて頂きます!」
返事早いな。俺まだ喋ってる途中だったんですけど。
まぁ、陽太なら首を縦に振ってくれると思っていたので案内の件はクリアした。
いつか花姫様と城下町デートするかもしれないので、下調べは大切だ。
数日かけて調べた方が俺も自信を持って花姫様をエスコートできる。だから順番待ちの暇つぶしはデート先の調査や、共通の話題にできそうな知識を増やすことにしよう。
「色々と知りたいこともあるから、少し時間をかけるぞ」
「もちろんです! そう言えば恭様は昨日もお一人で城内も調べていらっしゃいましたよね?」
……それ単に迷子になってただけぇぇぇ!
しかもその口振りからすると、もしかして俺のこと見てたの? おま、麻呂様と別れた後に俺がどれだけ自分の部屋に戻るのに苦労したと思ってるんだ。声掛けてくれよ!
いや、いい歳して迷子になる俺も俺だけどさ。でも俺だって、ちょっと散歩するつもりが城内で生死をかけた迷子騒動になるなんて思ってなかったんだよ……。
しかし、そんな格好悪いことを自分から話す気などない。
ニコニコと上機嫌に笑う陽太に適当な相槌を打ちながら、俺は花姫様への手紙を書き終えたのだった。
いつか共に城下町へ行きましょう、という誘いの言葉で締めくくった手紙は、花姫様のもとへと旅立つことになる。
本当は自分で届けに行きたいのだけど、それは他の婿候補達との約束を破ることになるので却下だ。
お世辞にも達筆とは言えない俺の手紙を手に、意気揚々と立ち上がった陽太に一言注意する。
花姫様のためにデートの下調べをしている事や、外出するだけなのにウキウキしている自分を知られたくないのだ。
できるだけスマートなエスコートができるようになった状態で、花姫様の手を引いて歩きたい。
だから、そんな俺の胸の内がばれるような言動は止めておかなくてはならない。たぶん、小萩さんとかには一発でばれる気がするし。
「陽太、余計な事は言わないように」
「ふふっ、大丈夫です。女忍殿が絡んでこない限り、オレも意地悪はしませんので」
……え、何の話? 女忍ってたぶん千代さんのことだよね?
俺が心配するような流れにはなっていないけど、また新たな問題が生じているような……。
しかもそれって、千代さんが陽太に絡んできたら意地悪するって意味だよね? むしろ絡んでくるの前提で俺にそう断ってるよね。
俺も陽太も千代さんにめちゃくちゃ嫌われてるから、花姫様との円満なお付き合いのためにも千代さんとは友好な関係を築きたいんですけど。
ほら、いざという時のためにも千代さんとは今のままじゃダメだと思うんだ。だから陽太にも千代さんと仲良く……とまでは言わないけど、もう少し良い関係を――って、もう居ねぇ!!
いつの間にか姿を消していた陽太を追って、慌てて廊下に出てみるもその先に目的の人物を捉えることは叶わなかった。
陽太のことだから、俺の意中の人である花姫様に失礼な態度は取らないだろう。それは千代さんも同じで、花姫様の目の前で陽太にケンカを売るようなことはしないはずだ。
つまり、問題は花姫様の部屋と俺の部屋で二人が接触した場合に限る。一人で出歩けば迷子になる可能性が非常に高い俺が、千代さんが陽太に絡まずに帰ってくることを願うしかなかった。
もちろん、笑顔で部屋に戻ってきた陽太にその希望は木端微塵に打ち砕かれるのだけど――
◆◇◆
東条の城から出て城下町に足を運んだのは、太陽が真上に上る頃だった。
外出する、という点から陽太が選んでくれたのは俺の装いは着物ではなく袴姿となっていた。
着物が動きづらかったというわけではないが、町を散策し歩くにはこちらの方が楽だ。色合いもいつも通り大人っぽさを演出させる落ち着いた色なので陽太のセンスが光っている。
それを俺が着こなせているかは深く考えないことにして、俺は陽太と共に人混みの中に身を投じた。
陽太の話によると、東条の城下町は大きな三つの通りに分かれているらしい。
今俺が歩いている中央の大通りと左の通りは商いが盛んで、人通りも多い。見たところ食べ物や日用品まで、様々な店が並んでいるので生活には欠かせない場所なのだろう。
残りの右の通りは、他と比べると賑やかさに欠けるが落ち着いた雰囲気を醸し出す居住区のようだ。時折、そちらの通りへ続くと思われる脇道から子供の笑い声が聞こえてくる。
全部見て回りたいが、通りは長く店の数も多いので時間がかかりそうだ。
とりあえず中央の通りから回ってみるか、と陽太に声をかけてぶらぶらと歩いた。
テレビで見た時代劇の町並みと似たそこは、眺めているだけで俺の心を弾ませてくれる。
八百屋や魚屋の前を通れば、買い物途中の女性達を呼び込むために声を上げる店主。
小物屋の前には恋人同士で店の中に入っていく者達や、そわそわと落ち着きなく店の前で立ち往生している男もいる。
その視線の先を追えば、楽しそうに中を覗こうとしている年頃の女の子達。きっと、あの中に好きな子がいるのだろう。
その姿が自分と少し重なって、自然と口元が綻んだ。
手を繋いで店の暖簾をくぐる恋人同士が未来の俺と花姫様の姿になればいいな、とも思って笑みを深める。
「恭様、小物屋は紹介してもらえるはずですので、後でゆっくりご覧なさいますか?」
「紹介?」
「はい。実は先日、呉服屋で反物の取り置きを注文したのです。その店経由で頼めば、良い品を見ることができると思います」
「なるほどな。確かに品物や品揃えに期待できそうだ」
「では呉服屋が営業しているか確認してきます。定休ですと無駄足になりますし……恭様はどこかでご休憩下さい」
「じゃあ、あそこの甘味屋にでも入ってるよ。連れが後で来ると伝えておくから陽太も一緒に食べような」
「は、はい! すぐに戻って参ります!」
花姫様とのデートを想像してニヤニヤしていたのを指摘されると思ったが、さすが従者の鏡の陽太。
俺の腑抜けた表情を軽く流すだけではなく、更に俺のためになる提案をしてくれた。
呉服屋ならご用達の小物屋があってもおかしくないし、そこで女の子が好む品や流行り物の情報を手に入れることができる。
いくら俺が良かれと思ったとしても、それが身に付けられないほど流行遅れな物だとしたら花姫様にも迷惑がかかるというものだ。
藤見の特性上、贈物はあまりしようようだが、その時を夢見て目を凝らすのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら、急ぎ足で人混みの中に消えた陽太を見送った。
次に向かうのは、待ち合わせ場所として自分で選んだ甘味屋だ。
実は、甘味屋を選んだのには理由が二つあった。
一つは、当初の目的である花姫様とのデートコース開拓だ。甘い物が好きだという情報は既に手に入れているので、後はそれを活かせる場所を探すだけ。
一日で全メニューを制覇するのは無理だが、幾つかの店に目星を付けて気に入った甘味に出会えれば儲けものだと思っていたのだ。
そして二つ目の理由は――単に、俺の腹が少し前から飢えを訴えていたからだ。
現代では朝昼晩と三食とっていた俺には、この世界の朝夕二回の食事だけでは物足りない。
太陽の位置から、ちょうど昼時なのだと分かる。だから陽太に休憩を進められた瞬間、目に入ったこの店を選んでしまったのだった。
そんな二つの理由から、俺は行き交う人の波に身を任せつつ店に近づいた。
甘味屋の前には、店の名前が書かれた前垂れを身に着けた若い女の子が人混みに向かって声を上げていた。呼び込みだろう。
案の定、俺が女の子に声を掛けると、途端に笑顔になって「うちの甘味は最高ですよ!」と勧められる。
連れが後から来ることも伝えると、嫌な顔もせず複数人で利用できる席に案内された。店内には客が疎らにしかおらず、今はちょうど空き始めた時間帯なのだと感じた。
席につくと、女の子は暖かいお茶を出してくれただけで笑顔のまま再び店の外へ出ていってしまった。
どうやら、注文は『連れ』が来るまで遠慮してくれたようだ。その気遣いに感謝しながら俺は不自然にならない程度に、店内を観察した。
見たところ、お品書きメニューが店内の至る所に張り出されていて、それを注文するシステムのようだ。
客の中には一人で甘味を楽しんでいる人も少なくないようなので、調査のため俺一人や陽太と連れ立っても問題はないと思う。
店の外からうまく日の光を取り入れる造りをしているのか、店内も過ごしやすい状態だ。
装飾も町並みが店の外観通り古風だが気取ってない感じが逆に好印象。何より、小奇麗で衛生面にも気を遣っているのだと感じた。
ここはアタリかもしれないな、と上機嫌で熱いお茶をすする。
しばらくそうしていると、店の入口から新たな客が入ってくる気配を感じた。
陽太かと思ってそちらに視線を向けるが、残念ながら俺の予想は外れた。甘味の注文まではもう少し待つ必要がありそうだ、と再び視線を店内のお品書きへ戻した。
しかし――
「こんにちは。相席をお願いしても宜しくて?」
何がどうなっているのか。
突然掛けられた声の方向を見ると、そこには先ほど店に入ってきた長い髪を風に揺らす淡麗な容姿をした男。
他にも空いている席があるはずなのに、わざわざ俺との相席を望んだ目の前の人物に、なかなか反応することができなかった――
ローテーションの最後になってしまった俺は次に花姫様と時間を共に過ごすまでに三日間も暇を持て余すことになる。
偶然を装って花姫様の部屋の近くをウロつくのも一つの手だが、何かストーカーっぽいのでその案は没にしておいた。
特に良作だと思える案も浮かばず就寝した日の翌日、朝餉後に花姫様宛の手紙を書いていると陽太が熱いお茶を出しながら口を開いた。
「次に花姫様とお逢いになるまでの三日間は、どう過ごされるのですか?」
「そうだなぁ……特に決めていないが、一度城下町を見て回りたいとは思ってる。確か陽太は町に行った事があるよな? 都合が良ければ案内を頼……」
「はいっ、お供させて頂きます!」
返事早いな。俺まだ喋ってる途中だったんですけど。
まぁ、陽太なら首を縦に振ってくれると思っていたので案内の件はクリアした。
いつか花姫様と城下町デートするかもしれないので、下調べは大切だ。
数日かけて調べた方が俺も自信を持って花姫様をエスコートできる。だから順番待ちの暇つぶしはデート先の調査や、共通の話題にできそうな知識を増やすことにしよう。
「色々と知りたいこともあるから、少し時間をかけるぞ」
「もちろんです! そう言えば恭様は昨日もお一人で城内も調べていらっしゃいましたよね?」
……それ単に迷子になってただけぇぇぇ!
しかもその口振りからすると、もしかして俺のこと見てたの? おま、麻呂様と別れた後に俺がどれだけ自分の部屋に戻るのに苦労したと思ってるんだ。声掛けてくれよ!
いや、いい歳して迷子になる俺も俺だけどさ。でも俺だって、ちょっと散歩するつもりが城内で生死をかけた迷子騒動になるなんて思ってなかったんだよ……。
しかし、そんな格好悪いことを自分から話す気などない。
ニコニコと上機嫌に笑う陽太に適当な相槌を打ちながら、俺は花姫様への手紙を書き終えたのだった。
いつか共に城下町へ行きましょう、という誘いの言葉で締めくくった手紙は、花姫様のもとへと旅立つことになる。
本当は自分で届けに行きたいのだけど、それは他の婿候補達との約束を破ることになるので却下だ。
お世辞にも達筆とは言えない俺の手紙を手に、意気揚々と立ち上がった陽太に一言注意する。
花姫様のためにデートの下調べをしている事や、外出するだけなのにウキウキしている自分を知られたくないのだ。
できるだけスマートなエスコートができるようになった状態で、花姫様の手を引いて歩きたい。
だから、そんな俺の胸の内がばれるような言動は止めておかなくてはならない。たぶん、小萩さんとかには一発でばれる気がするし。
「陽太、余計な事は言わないように」
「ふふっ、大丈夫です。女忍殿が絡んでこない限り、オレも意地悪はしませんので」
……え、何の話? 女忍ってたぶん千代さんのことだよね?
俺が心配するような流れにはなっていないけど、また新たな問題が生じているような……。
しかもそれって、千代さんが陽太に絡んできたら意地悪するって意味だよね? むしろ絡んでくるの前提で俺にそう断ってるよね。
俺も陽太も千代さんにめちゃくちゃ嫌われてるから、花姫様との円満なお付き合いのためにも千代さんとは友好な関係を築きたいんですけど。
ほら、いざという時のためにも千代さんとは今のままじゃダメだと思うんだ。だから陽太にも千代さんと仲良く……とまでは言わないけど、もう少し良い関係を――って、もう居ねぇ!!
いつの間にか姿を消していた陽太を追って、慌てて廊下に出てみるもその先に目的の人物を捉えることは叶わなかった。
陽太のことだから、俺の意中の人である花姫様に失礼な態度は取らないだろう。それは千代さんも同じで、花姫様の目の前で陽太にケンカを売るようなことはしないはずだ。
つまり、問題は花姫様の部屋と俺の部屋で二人が接触した場合に限る。一人で出歩けば迷子になる可能性が非常に高い俺が、千代さんが陽太に絡まずに帰ってくることを願うしかなかった。
もちろん、笑顔で部屋に戻ってきた陽太にその希望は木端微塵に打ち砕かれるのだけど――
◆◇◆
東条の城から出て城下町に足を運んだのは、太陽が真上に上る頃だった。
外出する、という点から陽太が選んでくれたのは俺の装いは着物ではなく袴姿となっていた。
着物が動きづらかったというわけではないが、町を散策し歩くにはこちらの方が楽だ。色合いもいつも通り大人っぽさを演出させる落ち着いた色なので陽太のセンスが光っている。
それを俺が着こなせているかは深く考えないことにして、俺は陽太と共に人混みの中に身を投じた。
陽太の話によると、東条の城下町は大きな三つの通りに分かれているらしい。
今俺が歩いている中央の大通りと左の通りは商いが盛んで、人通りも多い。見たところ食べ物や日用品まで、様々な店が並んでいるので生活には欠かせない場所なのだろう。
残りの右の通りは、他と比べると賑やかさに欠けるが落ち着いた雰囲気を醸し出す居住区のようだ。時折、そちらの通りへ続くと思われる脇道から子供の笑い声が聞こえてくる。
全部見て回りたいが、通りは長く店の数も多いので時間がかかりそうだ。
とりあえず中央の通りから回ってみるか、と陽太に声をかけてぶらぶらと歩いた。
テレビで見た時代劇の町並みと似たそこは、眺めているだけで俺の心を弾ませてくれる。
八百屋や魚屋の前を通れば、買い物途中の女性達を呼び込むために声を上げる店主。
小物屋の前には恋人同士で店の中に入っていく者達や、そわそわと落ち着きなく店の前で立ち往生している男もいる。
その視線の先を追えば、楽しそうに中を覗こうとしている年頃の女の子達。きっと、あの中に好きな子がいるのだろう。
その姿が自分と少し重なって、自然と口元が綻んだ。
手を繋いで店の暖簾をくぐる恋人同士が未来の俺と花姫様の姿になればいいな、とも思って笑みを深める。
「恭様、小物屋は紹介してもらえるはずですので、後でゆっくりご覧なさいますか?」
「紹介?」
「はい。実は先日、呉服屋で反物の取り置きを注文したのです。その店経由で頼めば、良い品を見ることができると思います」
「なるほどな。確かに品物や品揃えに期待できそうだ」
「では呉服屋が営業しているか確認してきます。定休ですと無駄足になりますし……恭様はどこかでご休憩下さい」
「じゃあ、あそこの甘味屋にでも入ってるよ。連れが後で来ると伝えておくから陽太も一緒に食べような」
「は、はい! すぐに戻って参ります!」
花姫様とのデートを想像してニヤニヤしていたのを指摘されると思ったが、さすが従者の鏡の陽太。
俺の腑抜けた表情を軽く流すだけではなく、更に俺のためになる提案をしてくれた。
呉服屋ならご用達の小物屋があってもおかしくないし、そこで女の子が好む品や流行り物の情報を手に入れることができる。
いくら俺が良かれと思ったとしても、それが身に付けられないほど流行遅れな物だとしたら花姫様にも迷惑がかかるというものだ。
藤見の特性上、贈物はあまりしようようだが、その時を夢見て目を凝らすのも悪くないだろう。
そんなことを考えながら、急ぎ足で人混みの中に消えた陽太を見送った。
次に向かうのは、待ち合わせ場所として自分で選んだ甘味屋だ。
実は、甘味屋を選んだのには理由が二つあった。
一つは、当初の目的である花姫様とのデートコース開拓だ。甘い物が好きだという情報は既に手に入れているので、後はそれを活かせる場所を探すだけ。
一日で全メニューを制覇するのは無理だが、幾つかの店に目星を付けて気に入った甘味に出会えれば儲けものだと思っていたのだ。
そして二つ目の理由は――単に、俺の腹が少し前から飢えを訴えていたからだ。
現代では朝昼晩と三食とっていた俺には、この世界の朝夕二回の食事だけでは物足りない。
太陽の位置から、ちょうど昼時なのだと分かる。だから陽太に休憩を進められた瞬間、目に入ったこの店を選んでしまったのだった。
そんな二つの理由から、俺は行き交う人の波に身を任せつつ店に近づいた。
甘味屋の前には、店の名前が書かれた前垂れを身に着けた若い女の子が人混みに向かって声を上げていた。呼び込みだろう。
案の定、俺が女の子に声を掛けると、途端に笑顔になって「うちの甘味は最高ですよ!」と勧められる。
連れが後から来ることも伝えると、嫌な顔もせず複数人で利用できる席に案内された。店内には客が疎らにしかおらず、今はちょうど空き始めた時間帯なのだと感じた。
席につくと、女の子は暖かいお茶を出してくれただけで笑顔のまま再び店の外へ出ていってしまった。
どうやら、注文は『連れ』が来るまで遠慮してくれたようだ。その気遣いに感謝しながら俺は不自然にならない程度に、店内を観察した。
見たところ、お品書きメニューが店内の至る所に張り出されていて、それを注文するシステムのようだ。
客の中には一人で甘味を楽しんでいる人も少なくないようなので、調査のため俺一人や陽太と連れ立っても問題はないと思う。
店の外からうまく日の光を取り入れる造りをしているのか、店内も過ごしやすい状態だ。
装飾も町並みが店の外観通り古風だが気取ってない感じが逆に好印象。何より、小奇麗で衛生面にも気を遣っているのだと感じた。
ここはアタリかもしれないな、と上機嫌で熱いお茶をすする。
しばらくそうしていると、店の入口から新たな客が入ってくる気配を感じた。
陽太かと思ってそちらに視線を向けるが、残念ながら俺の予想は外れた。甘味の注文まではもう少し待つ必要がありそうだ、と再び視線を店内のお品書きへ戻した。
しかし――
「こんにちは。相席をお願いしても宜しくて?」
何がどうなっているのか。
突然掛けられた声の方向を見ると、そこには先ほど店に入ってきた長い髪を風に揺らす淡麗な容姿をした男。
他にも空いている席があるはずなのに、わざわざ俺との相席を望んだ目の前の人物に、なかなか反応することができなかった――
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