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　藤見の鬼――。
　東鬼一族と南鬼一族の里境に、そう呼ばれる鬼達は暮らしていた。
　約三百年前の大戦での功績を認められ、率いていた隊の鬼達と共に藤見と篠崎が移り住んだ日に、この地での歴史が始まった。
　それまでは別の地で屋敷を構えて暮らしていた藤見家と篠崎家。この両家の繋がりは更に過去へ遡らなければ始まりは見えないが、その長い年月の中で東鬼はこの両家を力の強い鬼だと認識していた。


　そんな過去を持つ藤見家の現当主は、藤見義正ふじみよしまさという、齢五十を数年前に過ぎた大柄な男だった。
　次期当主として長男の正人まさひとを指名し、双子である次男と三男の隆哉たかやと直哉なおやを補佐とすることにより藤見の将来を安定させていた。
　当然、各々には篠崎からの従者が付き従っている。男ばかりでむさ苦しい気もするが、何故か藤見の直系は男鬼しか生まれないので仕方のないことだった。

　それが一つの理由だとも言えるのだろう。
　藤見の鬼は、鬼一族の中で非力だ何だと軽んじられる傾向にある女鬼を宝物のように大切に扱う習慣があった。
　妻となる者をたった一人、生涯愛し抜くと誓って婚姻を結ぶ藤見の鬼に、好感を抱く女鬼は少なくない。
　現当主である義正も、十年ほど前に妻を病で亡くしてもなお後妻を娶らず想い続けている。
　上の息子三人も既に妻となる者を自ら手に入れ、次に藤の花が咲き誇る季節に婚姻を控えていた。
　だが、問題は放浪癖のある四男、恭。
　兄達と歳が離れているせいもあって、少し甘やかされて育ったはずの恭は藤見の血を引くため能力も高く非常に有望なのだが、如何せん放浪癖が目下の悩みどころだったのだ。

　しかし、ようやく問題の四男にも身を落ち着かせる兆しが見え始めたのだ。
　突如舞い込んだ東鬼一族の姫との見合い話に、満場一致で向かわせると決まった事が、記憶に新しかった。
　適当に言い包めて東条に向かわせたものの、途中で逃亡しないか心配していた。
　案の定、恭の従者を務める陽太からの報告書に一度姿を消したという一文を目にした瞬間、さすがに眩暈がしたのだけれど。
　そんな杞憂も何のその。どうやら今は、一目で鬼姫を気に入って婿になるべく意欲的になっているというではないか。
　藤見の城にある一室にて、何度目かになる陽太からの報告書に目を通しながら、四男が逃亡していないことに父である男は口元を緩めた。
　それを目の当たりにした長男が、内容について尋ねた。

「父上、今回の陽太からの文には何と書かれていたのですか？」
「うむ。婿候補の者達で平等に逢瀬の時間を設けることになったそうだ」
「それは恭にとって焦れる話ですね。まぁ、好敵手が三名もいるなら争い甲斐もあるでしょうが」

　父親とよく似た強面こわもての顔を、同じように綻ばせた長男。
　本人達は手のかかる末っ子が、成長していっているのだと感じて和やかな空気を醸し出していた。たとえそれが、他の者から見れば見た目が怖い男二人の不気味な笑みだとしても。
　そしてその他人から見える情景によく合う、怒声や悲鳴、爆発音や破壊音が聞こえてこようとも、特に取り乱したりはしなかった。

　まるで日常会話の一つであるかのように、父である男は茶をすすりながら長男に問い掛けた。
　もちろん、それに答える長男も同じように平常心だ。

「それはそうと、騒がしいな」
「ああ、どうやら忍ネズミが城内に侵入したようです。隆哉と直哉が泳がせていると申しておりましたので、そろそろ捕獲に動いたのでしょう」
「あの二人が？」
「はい。前の忍は東条の者だったので加減する形になりましたが、今回は手加減せずに済むと喜んでおりました」
「また城の仕掛けを増やしたのか」
「そうですね、確か忍が好んで入り込みそうな場所のものを――三倍ほどの数に増やしていたと」

　この場にいない、残り二人の息子の姿を思い浮かべて二人は溜息を吐いた。
　城に対侵入者用の罠を大量に作り、「忍潰し」に年々磨きをかけていく双子の次男と三男。
　今日もまた新たな忍が犠牲となるのか――と、妙に女っぽい断末魔を上げた侵入者に対して同情したのだった。