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へっぽこ鬼日記 第十六話(二)

第十六話 (二)
 奇跡的に城門まで迷子にならずに済んだようだ。
 陽太とユキちゃんを連れてその場に向かうと、そこには二十代後半くらいの狐顔の青年が待っていた。
 俺達の姿を見るなり、細めの目を更に細めてにっこりと笑った青年。当たり前のことだが、俺はその青年と面識がなかった。
 どう声を掛けるべきか、じっと青年を見たまま思案してしまう。
 すると、隣にいた陽太が青年を見て納得したように口を開いた。

「なるほど、面会者は恭様をからかおうとした隆哉様と直哉様の回し者だったのですね。ふふ、恭様が兄君達の影獣に気づかないはずがありませんのに」

 え、どういう事? もしかしてこの人、俺のお兄さんの影獣なの?
 影獣の契約対象って動物だけじゃないのかな。この人、どこからどう見ても獣には見えないんだけど。
 あ、あとタカヤ様・ナオヤ様ってのが俺のお兄さんの名前なんだな。この情報は素直に嬉しいかもしれない。
 確か父親の名前は前に聞いたとこがあるから、残りはもう一人のお兄さんだけだ。誰が何番目のお兄さんかは不明だけど。

 思わず凝視してしまった俺の視線と、陽太の言葉に反応した青年は降参とばかりに両手を軽く上げた。
 そして、ぽふん……と妙に可愛らしい音がしたと思ったら、ついさっきまで青年の立っていた場所に――一匹の狐がいた。
 ヒラリと一枚の枯葉が地面に落ち、数秒後に消えるのを目にして、俺は衝撃を受けた。
 ま、まさか葉っぱを使って変化するという古風な術を使うとは……!

 そんな俺の感動をよそに、陽太と狐さんが互いに距離を詰めた。
 次に、しゃがんだ陽太は狐さんが背負っていたリュックのようなものに手を伸ばすと、それから黒い箱のようなものを取り出して俺の前に持ってきてくれた。
 藤の花が描かれた黒光りする上品そうな箱の紐を解いて蓋をあけると、中には一通の手紙が入っていた。
 俺はそれを手に取ってその場で内容を確認する。
 達筆だが読めないほど崩れているわけではないので、読み違わないよう慎重に一文字ずつ目で追った。
 その手紙の内容を要約すると、こうだ。『オカマ忍者が藤見にケンカ売ってきたから捕まえたんだけど、心当たりある?』だと。
 一瞬、オカマという単語から数日前に甘味屋で相席をした離職検討中の鈴風で働く長髪のお兄さんの姿が浮かんだが、鈴風は城下町の警護を担う職なので忍者とは無関係だろう。
 陽太が興味深そうに待っているので、手紙の内容を伝えてやる。すると、嫌そうに顔を歪めて俺に頭を下げた。

「恭様……申し訳ありません。オレ、女性のような口調の忍に心当たりがあります」
「そうなのか?」
「はい。音沁水を買いに行った時に接触したのですが、その数日後にも分身と遭遇しました」
「ああ、確かそんなことを報告してくれたな」

 お兄さんが甘味屋から去った後、息を切らせて現れた陽太から遅れた経緯の報告を受けていた。
 気配を絶つのが上手いようで、陽太もなかなか気づくことができないほど手練れだとも。
 分身の術もかなり巧妙だったらしく、気づいた瞬間にそれをブチ壊して俺のもとへ戻ってきたそうだ。
 勝手に吾妻さんのような忍を想像していたのだけど、まさかオカマ口調だとは思いもよらなかった。

「恐らく恭様とオレが一緒にいるところを目撃し、藤見に興味を持ったのかもしれません」
「手紙には捕まえたと書かれているし、あまり気にするな。一応、同一人物か確かめてもらった方が良いから、詳しく特徴を教えてくれるか?」
「はい。齢は恐らく二十代前半で、肩口で髪を結んだ長髪の男です。一見、忍には見えない美丈夫でした。女性のような口調や仕草をすることが多かったと思います」

 ……あっれー? その特徴を聞いて、俺の頭から鈴風退職寸前のお兄さんが離れないんですけどー?
 鈴風で働いてるって言ってたから忍とは結びつかなかったけれど、よく思い出してみれば『雇われてる』的なことを言っていたような気もする。
 考えてみれば、警護組織の中に俊敏な忍者が一人くらいいても不思議じゃない。治安を守っている時の敵が忍者という可能性だってゼロではないし、雇用関係の忍者もありえる。

 なんてこったい。陽太は自分が原因だと思っているようだが、それは興味を引くキッカケになっただけで、原因は俺に違いない。
 離職を検討するお兄さんに、俺は就職希望先の情報収集をすべきだとアドバイスした。
 この現状から導き出される答えは――お兄さんが口にした『興味のある就職先』が藤見家ということだ。
 焚き付けたのは間違いなく俺。しょんぼりする陽太の傍らで、俺はダラダラと冷や汗を流していた。
 これはマズイ。自分が悪いと勘違いしている陽太もフォローしつつ、藤見の敵だと誤解されたお兄さんを助け出さなくては。
 藤見には忍がいないと前に陽太が教えてくれたので、就職は非常に難しいかもしれない。でも、俺がその障害になっていい理由にはならない。これは一刻も早く誤解を解くべきだ。

「実はな、陽太。その忍を藤見に向かわせたのは俺なんだ」
「えっ!? 恭様がですか? あの、理由をお聞きしても……」
「職を探していると言っていたから後押しをしたんだ。まぁ、緊張感に欠けていた気はするが」
「そうだったのですか。では、捕まった忍をどうするおつもりで?」
「そりゃあ、解放してもらうに決まってる。これで少しは懲りただろう? 半端な気持ちじゃ本当に目指す所には行けないのだと身をもって自覚したはずだ」
「な、なるほど……! 確かに、藤見の忍潰しを受けて己の未熟さを思い知ったでしょうね!」

 ……あの、また物騒な単語が聞こえてきたんですけど。
 忍潰し? えええ、意味分からん。もしかして藤見が忍を雇ってない理由って、忍を捕まえてフルボッコにするのが好きだからなの? 何それ超こわい。

「俺は潰す気なんてないよ。彼にはよく働いてもらいたいと思ってる」
「隆哉様達の忍潰しを受けて、その気力が残っているでしょうか?」
「それで諦めるなら、所詮その程度だったということだ」

 本当に藤見に就職したいという気持ちが強いなら、粘って頑張るはずだ。
 忍潰しが何かは分からないけれど、簡単に諦めてしまうなら、お兄さんの気持ちはその程度だったということだろう。
 とにかく、お兄さんは俺の紹介で藤見にいた事を説明し、解放をお願いする内容の返事でも書くか。
 そう思って、狐さんにもう少し待って欲しいと伝えるため視線をそちらに向けた。
 しかし狐さんは俺の視線を受けてコクコクと何度か頷いて、走り去ってしまう。
 その後ろ姿を呆気にとられて見送ってしまったが、返事はどうするつもりなのだろうか。

「返事を持たずに帰ってしまったな……」
「隆哉様達の影獣は"言葉写し"が使用できるので、大丈夫だと思いますよ。恭様への連絡がわざわざ文だったのは、恥ずかしかったからでしょうね」

 ことばうつし? また意味の分からない単語が出てきたなぁ。
 えっと、よく分からないけど喋ったことを狐さんが記憶して伝えてくれるって解釈でいいのかな。

 特に気にした様子のない陽太から、返事を書かなくても問題がないのだと判断した俺は手紙を黒い箱の中に戻した。
 ちょうど良いから、今日は花姫様への手紙をこの箱の中に入れて送ってみようかな。
 そんなことを考えながら、俺は東条の城の中へ戻るため踵を返したのだった。


 藤見の城の牢獄に繋がれたお兄さんが、狐さんの主に俺と陽太の会話を聞かされて何を思ったのか。
 それは、再びお兄さんと会う日までキレイさっぱり忘れ去っていた――
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たのしみにしています
  • ちか
  • 2013/03/28(Thu)22:23:38
  • 編集

ありがとうございます

コメントありがとうございます。
そう言って頂けてとても嬉しいです。^^
今後も精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願い致します。

田中莎月
  • 2013/03/31 01:50