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へっぽこ鬼日記 幕間四

幕間四 吾妻視点
 何だ何だ、何だあの若鬼は――!!

 広間正面の庭から脱兎の如く逃げ出した侵入者を追いながら、東条家忍頭である吾妻(あづま)は一人の若い鬼の実力に苛立っていた。
 前方を駆けるのは種類の違う忍が二名。
 一方は東条の忍なので無理に拘束する必要はないが、念のため素性を明らかにしておく事にする。
 そして腹立たしい事に、もう一方の忍はあの若鬼が『ネズミ』と称して指摘した他族の侵入者だ。

 恐らくこの毛色の違う忍の動きは西鬼のモノ。
 腕力や我等鬼が使用する道術である『鬼道術』の能力は高くないが、妙に素早く諜報に長けた隠密の者達が西の特徴だ。
護衛や警護を兼任する東条の忍とは鍛え方が全く違う、本当の意味で『影』を名乗る存在。
 しかしこの侵入者は気配や匂いが東鬼のモノと酷似しているので、何らかの小細工が施されているのだと推測できる。

 だから東条の忍が侵入者に気付かなかった、と言い訳をしても仕方がない。
 自負しているわけではないが、東条の忍は鬼一族の中でも優秀な部類に入る。
 それがどういう事だ。あの若鬼、藤見恭に関わった忍がことごとく無様ではないか。
 これは由々しき事態だ。忍隊だけの問題ではない。東条の沽券にかかわる問題だ。
 あれだけの手練である若鬼が、同胞である東鬼一族の長の危機を感じて傍観するはずがない。
 東条の忍に侵入者の後を追わせたのは大した相手でない事を理解しているからだ。
 手を出さなかったのは、侵入者の気配に気付けなかった東条の忍を再度試しているからだろう。
 彼が城に着くまで尾行にあたっていた忍や、昨晩広間で醜態を晒した忍に喝(かつ)を入れたばかりなのに。
 何だ何だ、何なのだ、あの藤見恭という若鬼は!!



 沸き上がる悔しさを何とか抑え、共に侵入者を追う部下の忍に捕縛の間合いを指示する。
 西鬼の忍に比べると東鬼の忍は若干速度で劣るが、連携や連携に繋げる動きでは遥かに上回っている。
 逆を返せば、西鬼の忍は連携による攻撃を仕掛けるのも逃れるのも苦手としているのだ。
 その証拠に、四方八方から発動された鬼道術の捕縛の印(いん)によって侵入者を簡単に束縛する事に成功した。
 もちろん、東条の忍にも関わらず庭先に潜んでいた者もだ。

 侵入者まがいの行動を取った東条の忍は後回しにして、部下の忍が押えつけた他族の侵入者を尋問しようと近づいた。
 しかし、この者には鬼一族特有の覇気がない事に気づく。
 捕縛された事に一切の抵抗を見せない態度。
 目前に立った者にさえ視線を向けない無気力な瞳。
 黒布に覆われている口元からは呻き声もなければ呼吸すら感じる事ができない。

 確認のため、懐からクナイを取り出しワザとらしい動作で侵入者の額めがけてそれを振り下ろした。



 ザシャァッ……

 クナイが額に当たる瞬間に、侵入者は瞬く間に砂となって土に還る。
 案の定、捕縛した侵入者は『命』を持った忍ではなかった。
 東条の気配が侵入者に含まれていたので、この地の土で作った人形だろう。
 まさかあの若鬼は侵入者の正体が土人形だという事も知っていたのだろうか。
 土人形であれば上級の鬼道術を使用する事はできない上に威力も弱い。
 それを見越して、東条の忍を動かしたのだとすれば相当のモノだ。

「チッ……」

 自分を含め、精進が足りないと言われているのだ。
 東条の土から作られた人形を、纏う気配により東条の忍だと判断していた我等の未熟さを。
 東条の地を踏んで間もない若い鬼に試されるまで、気付かなかった無意識な驕(おご)りを。

 あの土人形が本物の忍であったなら。
 あの土人形が逃げずに克彦様を襲っていたなら。
 あの土人形が東条の忍が束になっても敵わないほどのモノだったなら。
 些細な間違いから守るべき主人を危険に晒してしまう可能性がある事を再認識させられた。


 己の惨めさにイライラしながら、勢いに任せて捕縛している東条の忍を睨むと、刺々しい空気を読んだヤツが小さく悲鳴を上げる。
 今から行う尋問は普段より厳しくなってしまうかもしれない。
 自分が尋問を行うのに、この忍に対して俺は心の中で合掌していた……。






 東条の忍を尋問した結果、先々代当主様に仕えていた老臣の手の者だと分かった。
 彼等は長を選ぶ事に介入を許されているので、ある程度の事は目を瞑るようにしている。
 だが、当然のように忍を我がモノ顔で駆使されては正直気分が良いとは言い難い。
 それでも彼等に意見する事はできないのだ。
 東条で年老いながらも臣(しん)の中で絶対的な権力を持つ彼等に。

 歯痒い気持ちを溜息を吐くことで落ち着かせ、捕縛していた忍を解放した。
 任務失敗の報告をする彼は気の毒だが老臣の怒りを受けてもらう事にする。
 老臣達に役立たずと認識されるであろう彼には、次の仕事を言いつけておいた。
 彼がホッとしたように目元を緩め、一礼して姿を消したのを確認してから再び視線を元土人形だった砂に向けた。

 土人形を使っての鬼道術は複数存在するので、侵入者であった忍の土人形も何者かによって作られたモノだ。
 土人形は単調な命令を遂行するための道具であり、複雑な命令を全うする事はできない。
 素質のある者が少し修行を積めば扱う事のできる術。
 だが作成者の素性を引き継いでしまうという欠点がある為、他族に向けて使われる事は滅多に無いはず。
 今回のように土人形の忍に西鬼の動きが反映されていたのも、作成者が西鬼である事がわかる。

 わざわざ西鬼が東条の地に侵入する事に何の意味があるのか。
 確かに東西南北に区分される鬼一族の中でも、東西の鬼は険悪と言っても過言ではない程に仲が良くない。
 過去にこのような事例が無いと言えば嘘になるが、それは停戦前の話だ。

 激化していた東西の攻防に歯止めが掛かったのは今から三百年以上前。
 東西だけではなく、東西南北の鬼一族の全てで停戦の協定が結ばれた。
 当時生きていた者は全て他界しているだけの年数が経過しているほど前の話だ。
 つまりこの状況は三百年以上もの停戦状態の環境を緊迫させているとも取れる。

 考えれば考えるほど、頭が痛くなった。
 同時に、最悪の場合を想像して体中の血が冷えた。
 もはや伝承にしか残らない過去の戦を再現しようとしているのか、と。
 そんな馬鹿な。きっと思い過ごしに違いない。

 東条の現当主である克彦様は明快で口達者だが他族との争い事には温厚な方だ。
 西鬼一族の長、西条(さいじょう)家の現当主も高齢であるが仁義と世の道理に忠実な鬼。
 北鬼の地は長を務める北条(ほうじょう)家の判断により近年は鎖国状態にある。
 鬼一族の中で一番血の気の多い南鬼一族だが、境となっている藤見家の地を越えてまで東条に戦を仕掛ける事はしないだろう。
 何より藤見家との交戦は長の南条(なんじょう)家にも相当の痛手になる事は必至だ。
 一歩間違えれば藤見家に正当防衛として滅ぼされかねない程に。

 そこまで考えて、勢いよく頭を振りながら冷え切った体に血を巡らせる。
 忍である自分が勝手な憶測で東西南北の停戦協定に亀裂を入れるわけにはいかない。
 とにかく今は、土人形がどのように東条の城に侵入したのかを調査する必要がある。
 結界で守られた城に土人形が侵入していたなど、あってはならない事だ。

 待機している部下の忍達に結界を調査するよう指示を出し、自らも調査に加わるために場を後にした。
 精神を澄まして結界の状態を確認する事に専念する。
 集中さえしてしまえば、先ほどの馬鹿で愚かな考えは掻き消えてしまった。
 …それでも、警戒音のような頭痛は一向に治まらなかったが――。





 結界の調査を始めて半刻ほど経過したが、今のところ目覚ましい進展もなく次の判断を決する事が求められていた。
 東条の城に張り巡らせてある結界は破られている様子がない為、既存の結界に何者かが巧妙な仕掛けを施した事になる。
 高度の結界術は鬼道術の中でも、専門的な知識と能力が必要な部類だ。
 内部犯の可能性が浮かぶかもしれないが、能力の高い者であれば結界の外部から穴……つまり侵入経路を作り出す事は不可能ではないはず。
 有力な予測ができた以上、早急にあの土人形が侵入する入口となった綻びを探さなくてはならないのだが、あいにくこれ以上は忍の能力では難しい。

 詳しい者に協力を要請しようと決めると、随分な速度で近づいてくる克彦様の気配に気づいた。
 どうやら本日の見合いは終了したようで主人自ら『ネズミ』の報告を受けに来て下さったのだろう。
 残念ながら満足のいく報告が出来そうにないので、少し憂鬱になる。


「吾妻ぁ!!」
「……克彦様、もう少しお静かに願います」
「うるせーな、一刻を争うんだよ。今から作戦会議だ吾妻。見合いは藤見の圧勝で終わった」
「は?圧勝という事は成功されたのでは……」
「逆だよ逆、大失敗だ。小萩の機転が無ければ婿の話を辞退されていたところだった」


 近距離での大声に耳を抑えていると克彦様の口からは理解できない言葉が発せられた。
理解不能な事が顔に出ていたようで、克彦様は苦笑しつつ詳しい内容を聞かせて下さった。
 花姫様に対する彼の言動と、これから起こるであろう周囲を含めた展開に頭を抱えたくなったのは許して欲しい。
 東条の長に無関心な凄腕の若鬼を全力で追う我等忍の姿が鮮明に思い浮かぶ。
 そして克彦様や小萩殿が懸念する老臣達に、我が物顔で使われる忍の姿も。
 ただ者ではないと一目置いていただけに、苦労する事が目に見えているのだ。

「で、何か策はあるか?」
「丸投げですか克彦様」
「馬鹿、お前の意見を聞いてやってるんだよ」
「……はぁ」
「まぁ、他の奴らの話も聞きたいからな。『ネズミ』について報告を受けた後は俺の執務室に移動するぞ」

 この場で話し合う必要が無いのであれば、聞かないで頂きたい。
 と、口から出そうになった文句を止めて報告のために姿勢を正した。
 そんな素振を気にされない克彦様は、広間での一件を思案しながら腕を組まれた。

「ネズミは老臣の狗(いぬ)だと思っていたが……。藤見が反応を示したのだから違っていたのだろう?正体は何だ」
「確かに老臣に雇われた忍もおりましたが、藤見殿がネズミと称された侵入者は西鬼の土人形でした」
「土人形?それはまた妙な手段を使っているな。人形なら傷一つ付けるだけで土に還るから尋問も何もできなかったはずだ」
「申し訳ありません、人形を壊したのは私の失態です」
「気にするな。西のモノなら形跡も何も残らないようにしているさ」
「侵入経路は現在調査しております」
「何だ、時間が掛かりそうなのか?」
「――忍の調査で明確にならぬ範囲のようなので、協力を要請致します」

 一瞬言い淀んで返答すると、克彦様はバツが悪そうに眉を寄せた。
 忍が調査できない範囲という言葉で専門の鬼道術士が必要だと読みとれるはず。
 それが何故こんな顔をなさるのか。
 そう、理由は簡単。
 東条で言う『専門の鬼道術』は、今まさに対策を考える対象に挙げられた老臣の一人を示すからだ。

「本当に原因は結界にあるのか?判断を疑うわけではないが、結界に問題がなかった場合に咎められるのは忍になるぞ」
「これ以上は我等に判断出来かねます」
「はぁ、裡念(りねん)は何処に居るんだ」
「符に使用する材料を補充するために城外へ……。お戻りになるのは夕刻の予定だとご本人から伺っております」
「他の術士では解決できそうにないのか?」
「忍の中にも鬼道術に優れた者が数名おりますが、時間が必要かと。古くから東条の結界について専門でいらっしゃる裡念殿にご協力頂く方が確実です」

 東条の城に張り巡らせた結界に一番詳しい者の名は裡念(りねん)。
 世代の違う臣下と会う度に厳しい発言をする偏屈ジジ……年配の男性だ。
 先々代の時代には東西南北の鬼一族の中でも3本の指に入る程の鬼道術の使い手だったと聞く。
 一〇八ある鬼道術を全て会得した鬼は存在した事はないが、最もそれに近いと言われたほどだ。
 当時より年数の経過した今でも彼の実力を卓越する者は現れず、未だ東条の城を守る結界については誰も彼の持つ術(すべ)を受け継いでいない。

 誤解されがちだが、裡念殿は結界について独裁政権を揮っているわけではない。
 過去何人もの鬼道術に長けた臣下が裡念殿の指導の元、術を学んだが実力不足だったのだ。
 東条の結界は裡念殿が長年扱ってきただけに複雑で、現状を引き継ぐ者を選んでしまう。
 稀なる使い手だからこそ、本人もご自分に自信と誇りを持っている事が態度から伝わる。
 だからこそ、ご自分の術を引き継ぐ事ができない我等の世代に苛立っていらっしゃるのだ。

 協力を要請する事で彼の苛立ちが更に増す事は想定できている。
 裡念殿であれば簡単に解決してしまうであろう問題に詰まる我等に対して。
 他族の鬼道術士が施した、裡念殿から見れば子供騙しのような仕掛けに対して。
 そして今以上に厳しく求めるだろう。
 一般の鬼が扱う鬼道術ではなく、術の本質を理解して後世に繋げるだけの能力を持つ存在を。

「夕刻という事は戻るまで数刻か。仕方がない、伝令の忍を裡念に向かわせた後、警備を強化しておけ。多少は早く帰るだろうが、これ以上の醜態を晒すわけにはいかないからな」
「は、早急に裡念殿へ伝令を向かわせます」
「……次々と問題が出てくるが、反対に貴重な時間は減る一方だ。裡念が戻って動き難くなる前に、さっさと策について話し合っておくか」

 少し気落ちしたような克彦様に続いて城内に足を進める。
 警備強化の伝令を預けるために部下の忍一人を呼び、簡潔に指示を出す。
 裡念殿に伝令を向かわせる事と、警備に徹底し、これ以上の侵入者を許すな……と念を押して。
 思った以上に低くなってしまった声に、恐縮して何度も頷いた忍は風と共に消え静寂を残す。
 足音を消している自分とは違い、サクサクと地を歩む克彦様の足音を聞きながら気づいてしまった。
 もし忍の手に負えないような侵入者が入り込んだ場合、あの若鬼が解決してくれるかもしれない。
 そんな他人任せな思考が自分の中に一瞬でもあった事に。

 克彦様には口が裂けても言えないと思った。
 言葉に乗せる事が出来ぬからこそ、己の中に押し留める必要がある。
 それでも溢れてくる期待を落ち着かせるために、背を向けている克彦様が振り返らない事を願う。

「――――……」

 あの若い鬼は東条の忍に未熟さを痛感させてくれる存在だと、誰にも気づかれぬよう……主人である克彦様の背に向けて音に成らぬ声で呟いてみせたのだった。



◆へっぽこ豆知識
 鬼道術
  鬼一族が使用できるほぼ万能な妖術。
  印と詠唱で使用する方法と符に力を凝縮させる方法がある。
  全部で一〇八の術があるが一般の鬼が使用できる術は限られている。
  禁術と準禁術と呼ばれる禁忌の術が複数存在するが詳細は一切不明。

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