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へっぽこ鬼日記 第十五話

第十五話 忍の矜持
 気配を絶って、現在の雇い主である町の警護組織――鈴風――の言い付け通り、今日も町に異常がないか見回っていた時だった。
 気高く立派に聳え立つ城へ続く道の向こうから、身なりの良い青年と少し前に遭遇した赤毛の少年を見つけたのは。
 赤毛の少年に自ら接触した時は警戒心剥き出しな対応をされたが、視線の先にいる彼の表情はその時の空気を微塵も感じさせないほど柔らかなものだった。
 原因は、隣を歩く青年にあるとすぐに分かった。並び立っているように見えて、少しだけ後ろを歩く赤毛の少年の様子から主従関係だと気づく。
 町に入ってからも赤毛の少年が主人の青年に色々と説明しながら中央通りを見回っているので、その関係はほぼ間違いないだろう。

 どこの誰だろう、と自分にしては珍しく他人に興味を持った。
 しかしその瞬間、身を潜めていた脇道に青年の視線が向けられた。時間にしてほんの一瞬だったが、完全に絶っていた気配は青年にとっては子供のようなものだったのかもしれない。
 次に、逸らされた視線。その数拍の行為で、青年に興味を抱いた自分とは違って、青年は自分に無関心なのだと理解する。
 自慢するわけではないが、自分は出身の忍里では引手数多の優秀な忍だ。
 鈴風にも幾度となく勧誘され、仕方なく首を縦に振ったというのに。そんな自分が、視線だけで袖にされた。
 その認識を覆してやろうと思って、青年と赤毛の少年が別行動を取り始めたのと同時に自分も行動を起こした。
 青年が入った甘味屋は鈴風に来てからよく足を運ぶ場所なので、長居をしても嫌な顔はされないだろう。
 できるだけ時間が欲しい。そう考えた結果、自分の分身を作り出して赤毛の少年の足止め役として向かわせた。
 これで話ができる、と青年のもとに意気揚々と向かった――のだが、そう上手くはいかないようだ。

 青年に近づいてから半端な気持ちで観察していた自分の能力不足を、すぐに後悔する。
 甘味屋の席に腰かけた彼の装いにある、とある家紋を見て「早まった」と舌打ちしたくなった。
 なんと青年は「藤見」の者だったのだ。忍達の間でも「忍潰し」で有名な、鬼一族の中でも特に忍の対応に優れた名家。

 忍には一人前になる際に課題が幾つか与えられる。
 その中に対象は違うが、一貫して「とある人物について調査せよ」という諜報分野のものが一つあった。そう、その対象が藤見であった場合に問題となるのだ。
 子供でも知っているほど、藤見に従者として篠崎がいることは知れ渡っている。
 大昔の大戦の功績として与えられた南鬼との里境を守る、東鬼が誇るべき有力な鬼達が住まう場所。それが藤見の地だ。
 もちろん、藤見と篠崎以外の鬼もそこに住んでいる。だが、その者達は藤見がその地に移り住む前から付き従ってきた血筋。篠崎のように家名は広まっていないが、「藤見の地に住まう鬼」として長い歴史を持つ猛者達の集まりだった。

 当然、結び付きが強く忍の諜報活動は困難を強いられる。
 藤見のことを調べようとも一般的に知れ渡っていることしか口にされず、重要な情報など一切手に入れることができなかった。
 では内部から崩すのはどうだろう、と藤見に直接士官を申し出てもすぐに忍だと見破られて里の外へ放り出される始末だ。
 強硬手段として城に侵入しても、内部に仕掛けられた術で里の外に強制的に追いやられるか、牢獄に閉じ込められるかの二択だった。
 そして、忍の里にその身柄を拘束したことを伝えた上で解放するだけなのだ。
 これは忍にとって何よりも屈辱だった。咎められたり、体罰を受けるのは任務を失敗した者が辿る末路だ。しかし藤見は無傷で忍を解放する。
 「忍を捕まえたが、危惧すべき情報など得ていないようなので捨て置く」と行動で語られていた。
 そんな風に、忍の矜持を傷つけ粉々に打ち砕く所から藤見は「忍潰し」として忍達の間で有名だった。

 今まさに、その名を背負う鬼が目の前にいる。
 じっと見つめ返されているだけなのに、嫌な汗をかきそうになって何とか笑顔を保った。
 自分が与えられた課題の対象は藤見ではなかったけれど、藤見に当たった者が忍としての自信を酷く無くしていたことは知っている。その後どうなったかは知らないけれど――

 声を掛けたのは自分だ。
 今更引き返すなんて、逃げ出すようで嫌だった。だから、当初の目的通り席について会話を続けた。
 嘘か真かを判断しているような視線はどこまでも真っ直ぐで、嫌だとは思わない。もちろん、気を許すつもりなんて更々ないけれど。
 そしていざ会話をしてみて、やはり藤見は「忍潰し」なのだと確信した。

 鈴風の一員だという一言で雇われの忍なのだと読み取り、嫌味なのか本気なのか判断し難い口調でそれを褒める。
 それでいて、忍である自分を挑発するような言葉も口にする。
 覚悟があるなら、調べてみろと。藤見に立ち向かってみろと。藤見の目に適ったなら雇ってやってもかまわない、とも取れる言葉に怒りとは別の感情も湧き上がった。

 やってやろうじゃないか、と思った。
 課題で藤見に当たらなかったのは、この時のためだったのかもしれない。

 だがそこで、早々に立ち去らねばならない理由ができてしまった。
 ピリリと感じたのは、赤髪の少年の足止め役にした自分の分身が破壊された感覚。
 力を抑えたからと言っても、分身は易々と壊されるほど非力に作成していない。それがどうやら、たった一撃で壊されてしまったようだ。

 この青年が藤見ならば、あの少年は篠崎だろう。
 年若いので未熟者だと思っていたが、それは自分の観測不足だ。その証拠に、赤髪の少年が分身の主の意図をくみ取って甘味屋に近づいてくる。
 それに青年も気づいているはずなのに、引き留めようとしないのは、あえて見逃す気だからだ。
 甘味屋から逃げるように去った屈辱はいつか晴らしてみせる、と幾度となく我慢していた舌打ちを今度こそ音にした。

 赤髪の少年に気配を悟られぬよう絶ち、早足で向かったのは鈴風の者達が集う場所。
 そろそろ鈴風との再契約の時期だが、延長は断ろう。忍としての矜持がかかっているのだ。
 あの青年のこと、少年のこと。藤見のこと。
 鈴風の半端な鍛錬では身体が鈍って退屈だった。久々に腕が鳴る仕事だ。

 あわよくば、藤見に雇ってもらえた最初の忍になれるかもしれない。
 特別その称が欲しいとは思わないけれど、自分の職歴に新たに誇れるものが追加されるのは喜ばしい。
 そんなことを考えながら、まだ見ぬ藤見の地に思いを馳せたのだった――
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