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ジュディハピ! ダイジェスト②

ダイジェスト(相違~だってお姫様だもん.2)
 再びやってきた『高校二年生』の初日。校門やクラス表の前で記憶の通りのやり取りをこなし、私は足を運び慣れた二年二組の教室にいた。
 姫川さんが転校してくるのは四月の下旬なので、それまでは四宮先輩と隠し部屋でじっくり対策を練ることができる。だから今日は始業式が終わった後に会おう、と三月最後のメールで先輩と約束をしていた。
 何かと忙しそうな先輩とはそのメールを最後に一週間ほど連絡を取れていない。
 早く先輩に会いたいなと数時間後に叶うことを心待ちにしつつ、顔には出さず周りの会話に耳を傾けていた。
 絵理を含む顔見知りの女子達と一緒に適当な雑談で時間をつぶす中、話題は自然と未発表の担任のことになった。
 私は誰が担任になるのかを知っているので相槌をうつだけだった、――が。

「担任と言えば、絵理と加奈子は去年最高だったんでしょ?」
「何たって教師の中で人気ナンバーワンの六井先生だったもんねぇ!」
「あはは、羨ましいでしょう? ねっ、加奈ちゃん!」
「……は?」

 絵理の言葉を脳が処理しきれず、一瞬自分の中で時間が止まった。
 それもそのはず。確か高校一年の時の担任は定年間近のお爺ちゃん先生だったのに、これから教室に姿を現すであろう生徒会顧問の六井湍先生が去年の担任だったと言っているのだから。
 厳密に言えば「去年」という単語は私にとってループしている年を示すのだから正解だ。だけど、ループに気付いていない絵理や他の女子生徒達には違う。
 絵理本人もお爺ちゃん先生のことが好きだと自分で言っていたので間違うはずなんてない。
 去年の数学担当が六井先生だった、という言葉を集中して聞いていなかったことで聞き間違えたのだろうか。

「絵理、去年の担任は――」
「立ってるヤツは席につけー。担任様のお出ましだぞー」

 タイミング悪く私の声と重なって鳴ったチャイムと同時に教室の扉を開けて入ってきたのは、記憶の通りブランド物のスーツをビシっと着こなした六井先生。
 先生を見てきゃあきゃあと騒ぐ女子達の反応も過去と同じだ。でも、さっきまで一緒に話していた子達に向かってピースをしている絵理の反応は違っている。
 何かがおかしい。ほんの少しだけど何かが違う。
 一体何が違う? 記憶していたこと少しの誤差が出ることくらい当たり前だとは認識していた。
 だけどコレは絶対に同じじゃない。だって変わるのが未来じゃなくて過去だなんて。
 日記で取り戻した記憶がまだ完全じゃなかった? ううん、そんなはずない。間違いだったなんてこともありえない。

「去年に引き続きまた平田か。ぼんやりするのはホドホドにしとけって言っただろ」
「っ!?」

 ポン、と何かが頭に触れて身体が跳ねあがった。
 先生も絵理と同じようなことを言っている。私がループに気付いた初日に先生本人に言われたこと『高校一年生』の時として認識しているのだ。
 疑問が確信へ変わっていく。やっぱり未来が変わらず、過去が変わっている。
 私が日記を読んで思い出したから? ううん、この部分は日記を読まなくても覚えていた記憶のはず。だったら一体何が原因で?

「平田? どうした、具合でも悪いのか?」
「え、いいえ、ぼんやりしてただけです。あの、すみませんでした」
「顔色が良くないな。今から始業式だが、無理そうなら早めに言えよ?」
「は、い……」

 チラチラと何度か私の方向を振り返りながら教卓の方へ戻っていく先生に視線を向けたまま、私は制服のポケットの上から携帯を撫でた。
 使うわけではないけど逸る気持ちが自然と私の手を携帯へ導く。たぶん私一人でウジウジ考えていられる問題じゃない。
 できるだけ早く四宮先輩に報告しなきゃ。始業式とHRが終わったら西校舎の隠し教室へ急ごう。

「今日はパパッと各委員会も決めるから今の内にどの委員会に入るか考えておけよ。じゃあこれでHRは終わりだ。委員長」
「き、起立っ、礼!」

 前の記憶と同じように、先生が見た目だけで委員長に指名した彼女の号令に従って揃って頭を下げる。
 早く早くと心臓が激しく脈打って急かしても、時間は私の思うようには進まない。だから私は嫌な汗が噴き出る状態を落ち着けるために、呪文でも唱えるかのように四宮先輩の名前を心の中で呼び続けた。


◆◆◆


 一刻も早く四宮樹里先輩に『過去が変わっている』ことについて相談したいと思いながら、私は絵理と共に始業式の行われる行動へ移動していた。
 その途中、生徒の列に並んで絵理と委員会について話す。互いに委員会に入る気がないことを笑い合いながら、何気なく関心があると告げた一言に、信じられない言葉が帰ってきた。

「絵理は委員会に入るの?」
「ううん、面倒だからいいや。そう言う加奈ちゃんは入りたい委員会でもあるの?」
「私も委員会には入りたくないかな。……まぁ、文化委員には少しだけ興味があったけど」
「あはは、私達って相変わらずやる気がないね。でも加奈ちゃん、――――文化委員なんてあったっけ?」
「………………え?」

 一年生の時に委員会に所属していた絵理は、私より委員会の話題に詳しいはずだ。
 それが、創立祭でも生徒会と同じくらい中心になって活動するはずの文化委員の存在を忘れるなんて。


「ぶ、文化委員がなくて、誰が創立祭をまとめるの?」
「生徒会と『創立祭実行委員』に決まってるじゃない。夏休み前にクラスから実行委員を一人選んでクラス出店の準備や生徒会からの連絡等を受けたりする一時的な役割の。去年の創立祭もそうだったでしょー?」
「あ、え……そ、そうだっけ? あは、ははは、ど忘れしてたみたい」

 ドクンドクンと嫌な音で心臓が鳴る。音が大きすぎて痛みさえ伴っているような気がした。
 私が知っている文化委員会が存在せず、私の知らない創立祭実行委員なるものが存在する矛盾。
 文化委員会がないということは四宮先輩が務めている文化委員長という役職も存在しないということだ。
 何となく周りに聞かれてはいけない気がして、さっきより声を小さくして私は絵理に尋ねた。
 もし私の嫌な予感が当たるという状態が続いているなら、これ以上は聞きたくない。でも確かめなくてはならない。
 お願いだから、私の質問に首を縦に振って欲しい。

「三年の四宮樹里先輩って、知ってる……?」
「しのみやじゅり?」
「すごく綺麗な女の先輩なんだけど、知ってる、よね?」
「しのみや、篠宮、志野宮……うーん?」

 知らないなら、知らないでも構わない。
 もしかしたら先輩は姫川さんが来るまでは目立たないようにしているかもしれないから。
 この間の一年も、先輩が姿を現したのは創立祭が終わってからだった。例え文化委員が無くなっていたとしても、それに代わる実行委員があるなら先輩が関わってくるかもしれない。
 だから、たった一言で済む「知っている」「知らない」以外の言葉を返さないで。

「あ。『しのみや』違いで生徒会監査の四宮宰しのみやつかさ先輩なら分かるけど」


◆◆◆


 講堂で紹介された、生徒会監査の四宮宰という先輩は男の人で、私の知っている四宮先輩ではなかった。
 始業式後のHRが終わった後、いつもの綺麗な笑みを浮かべて現れるに違いない、と今はただそう信じて急いで四宮先輩と会う約束をしている西校舎の隠し教室へ移動した。
 きっと先輩なら何食わぬ顔で現れて、『時間に正確で感心感心!』とお姉さん風を吹かせて褒めてくれるに違いない。そんな事を信じながら私は先輩が現れるのを待った。

 ――しかし、約束の時間になっても先輩は姿を現さなかった。
 先輩が時間通りに現れなかったのは姫川さんと隠し教室の前でリコールについての取引をした時だけだ。
 震える手で携帯を握りしめて、深呼吸をひとつ。それから登録されている先輩の番号を選択して電話をかけた。
 が、右耳に聞こえてきたのは番号が使われていない事を告げる無情な言葉だった。送受信を幾度となく繰り返したアドレスにメールを送っても、エラー通知が送った数だけ返ってくるだけ。

「あ、ははは、先輩ったら、携帯の番号とアドレスを変えたのかな?」

 自分の頬が引き攣っているにも関わらず、無理に笑おうとしたのは私の精一杯の強がりだ。
 うまく力の入らない手から滑り落ちそうになる携帯を何とか制服のポケットに入れ、震える脚を叱咤して隠し教室から飛び出した。
 向かうのは、先輩が足を運んでいたはずの三年の教室。もしそれがダメなら、先輩が利用するはずの三年の下駄箱。それでも無理なら、一般生徒の私が進入できる範囲内を思い付く限り探し回ろう。

「先輩、四宮先輩っ、先輩はちゃんと、"ここ"に存在していますよね……!?」


◆◆◆


 学園中を探し回り、再び隠し教室へ戻っても先輩はいない。
 先輩と約束したこの場所に、この世界に自分が独りぼっちなのだとやっと理解して、ボロボロと涙を零した。
 ううん、本当はそうなのだと頭の何処かで考えていたけれど、信じたくなくてずっと否定していたのだ。
 私の過去が変わってしまったように、四宮先輩も何だかの理由で居なくなってしまったのかもしれない。
 もし姫川さんと対立したことで先輩の存在が消えてしまったのであれば、何て不公平な世界なのだろう。
 私達はこんなにも必死に繰り返される世界から抜け出そうとしているのに、姫川さんは簡単に一年間を好きな数だけ遊び巡って、先輩や文化委員といった邪魔な存在が表に出てくると次の周では消し去ってしまうなんて。

「先輩、私は、独りぼっちでどうすればいいんですかっ……? あなたに、今すぐ会いたいんですっ……!!」

 涙で視界を濁し、悲鳴に近い声でズキズキと痛む胸を押さえながら紡いだ言葉が隠し教室に響いて消えた――、その瞬間。

「――……お前、何でこの場所を知っているんだ?」

 音もなく隠し教室の扉を開けて現れたのは、チョコレートブラウンの髪をした綺麗な男の人だった。
 嫌でも覚えてしまっている彼の名前は私の大切な先輩と同じ姓を持つ、――四宮宰。
 先輩と同じ姓と役職を持つくせに何もかもが違うその人が、私には酷く憎らしく思えた。
 貴方なんか、私は知らない――。


◆◆◆


 四宮樹里先輩を探し求めた場所で、無情にも私を慰めてくれたのは同じ姓を持つ残酷な人。
 泣きじゃくる私に、ハンカチを差し出しながら話を聞いてくれる四宮宰先輩の優しさに触れれば触れる程悲しさが募った。

 貸してもらったハンカチで顔を覆い、くぐもった声で必死に嗚咽を抑える。
 しかしそんな努力は意味を成さず、じわじわとハンカチが湿り気を帯びた。

「先輩に会いたいのに、もう会えないんですっ、うぅ、これから私は独りぼっちで……!」
「わ、わかった、平田がその先輩のことを滅茶苦茶好きなのは分かった。この場所を教えてくれる関係だったなら嫌われてるという可能性は無いから落ち着け。な?」

 大丈夫だから、と慰めてくれている先輩の手が私の背中に触れた。
 大きな掌は女の私達とは全く違っていて、異性のモノだとすぐに分かる。
 顔を上げて見えた滲む視界の先に映るのは、やはり私の大好きな人ではなかった。
 先輩に会えない事への胸の内をこの先輩に言っても仕方がないのに、他に誰にも不安や怒りをぶつけることが出来ない。
 先輩の名前を呼んで、もっともっと時間をかけて探し回りたかった。
 でもこの場……否、この世界じゃ先輩の名前を口に出す事すら許されていない。
 "四宮先輩"という言葉で反応する人達の認識している人は、私の目の前にいる別の"四宮先輩"なのだ。

 そんな時――、私の鼻を啜る音が主張している教室内に、『ピピピピピ』という場違いな電子音が鳴り響いた。
 鳴っていたのは、私の携帯だった。


◆◆◆


 電話の相手と会うため、急いで私は学園を後にした。
 廊下で腹の立つ人物と遭遇するというアクシデントもあったが、何とか無事に帰宅する事ができた。
 電話の相手――四宮樹里先輩を出迎える準備ができたと同時に、再び隠し教室の時と同じ電子音が鳴り響いた。

『随分と遅い帰りだったのね』
「先輩、もしかしてお待たせしてしまいましたか!? 玄関にスタンバイしてますので中に、」
『その必要はないわ。もう貴女の部屋に居るから』
「……はい?」
『早く部屋に来なさい。あ、用意してくれて申し訳ないのだけれど、お茶は必要ないわ』

 色々と疑問に思う事はあったけれど、先輩の言葉を無視するわけにもいかないので、私は恐る恐る二階へ続く階段を上って自分の部屋の前に立った。
 そっとドアに耳をあててみるが中からは物音一つしない。それどころか人の気配すらない。言われた通りドアをゆっくり開けて入り慣れた自分の部屋に足を踏み入れた。
 が、部屋の中には誰の姿もなかった。

「四宮先輩、いらっしゃるんですか……?」
『居るわよ。貴女の後ろに』
「っ、後ろ!?」

 否、先輩は確かに私の部屋の中に居た。私の部屋の壁に掛けられた、鏡の中に――……。


◆◆◆


 先輩自らの口から告げられた『四宮樹里はこの世界に存在しない』という言葉に、絶望する私。
 それでもやはり、落ち込んだ私を元気付けてくれるのは先輩の優しい言葉だった。

『ねぇ、加奈子』
「っ! 先輩、今私の名前を……!!」
『あら別に構わないでしょ? 貴女も私の事も名前で呼んでいいのよ?』
「ええっ、ほ、本当ですか!?」
『こんな事で嘘なんてつかないわ。試しに呼んでごらんなさいな』
「ちょ、ちょっと待って下さい、深呼吸しますので」

 思いもよらなかった先輩の言葉に、私は流れる涙を拭って早鐘を打つ心臓を落ち着けた。
 何度も深い深呼吸を重ねて、『樹里先輩』という言葉を心の中でリフレインする。
 最後にもう一度だけ、目を閉じて最高の気持ちをこめて『樹里先輩』の予行演習をした。
 そして、ゆっくりと目を開いて鏡の中にいる先輩を見つめて一言――。

「樹里せんぴゃい!」

 噛んだー! 初名前呼びで噛んでしまったー!!
 予行演習の甲斐なく、ここ一番という場面で見事に噛んでしまったー!!!

 失敗した羞恥心と名前を呼べなかった悲しさから半泣きになって先輩を見ると、上品な仕草で口元に手をあてていた。
 しかし何かがおかしい。下がり眉のまま先輩をじっくり観察してみると、先輩は肩を小さく震わせていた。
 ……つまりコレは。

『ふ、ふふっ、あははっ! やだ加奈子ったら。何でこんなに可愛いのかしら?』
「わっ、笑わないで下さい、樹里先輩!」
『ふふ、今度はちゃんと言えたわね。――さ、お喋りはここまでにしてそろそろ本題に入ってもいいかしら』
「本題ですか……?」
『そうよ。何故私が貴女に電話をかけて、二人きりで話をしていると思ってるの?』

 沈んでいた私が元気になったことを確認した先輩の口から語れるのは、姫川さんが犯した間違いと、先輩を鏡の中に『保護』した女神が出てくるおとぎ話だった。
 前者は私への確認と問い掛けを交えた話で、先輩は私が理解できるよう説明してくれた。
 後者はにわかには信じ難い話だったけれど、こうして鏡の中に先輩が保護されている現状から真実だと分かる。
 けれど、その語らいは時間に制限されているものだったようで、私が姫川さんの『影』だという言葉の意味を考えるよう、宿題を残して先輩は鏡に映らなくなってしまった。

 姫川さんに味方をしている元愛の女神、ジュディ。
 私達に味方をしてくれている、現愛の女神アシュリー。
 この非現実的な存在が介入する世界で、私は自分が何をすべきか、そしてどうすれば樹里先輩を助けることができるのか考えた――。


◆◆◆


 樹里先輩が残した、『平田加奈子は姫川愛華の影』という意味深な言葉の答えを見つけるべく、私は神話について色々と調べることにした。
 インターネットでは情報の量が多すぎて絞り切れないので、アナログに戻るという意味で学園の図書室を利用することにした。

 早朝の図書室に訪れた私は、そこで姫川さんの取り巻き化していた生徒会会計、三宮穂高くんと会った。
 意外にも読書家という三宮くんの進めもあり一冊の本を借りた私。
 色々と話題をふってくる三宮くんの興味を回避しながら、彼とは二度とこのような形で会わないだろうと思いながら、図書室を後にした。

「二年二組の平田加奈子ちゃん、ね。……また図書室に来るかなー?」

 私が借りた本の貸出カードを手にした三宮くんが、そんな事を呟いていたとも知らないまま――。


◆◆◆


 姫川さんが転校してくるまで、取り巻き化していた彼等との個人的な接触はないと思い込んでいた。
 だが、図書室での三宮くんとの遭遇を機に何故かエンカウント率が上昇しているようらった。

 樹里先輩と連絡を取るための生命線だと言える携帯を鬼畜メガネ教師の風紀顧問に没収されたり、天気予報を見ない俺様生徒会長に傘を献上したり。
 祝いたくもないのに、五宮兄弟の誕生日にストーカーと勘違いされそうなほど遭遇を重ねてしまうという事態にも陥った。

 そんな風に目まぐるしく毎日を過ごしていると、休日に樹里先輩から連絡が入った。
 どうやら何か試してみたいことがあるようで、私は二つ返事で先輩のお手伝いを了承した。
 隠し教室へ向かう必要があるので、樹里先輩から隠し教室に続き西校舎の新たな秘密を教えてもらった。
 その秘密とは、西校舎への秘密の入口である仕掛け扉だった。
 何を目的として、誰が作ったかは不明だけど今回のように休日に閉め切られた西校舎に足を運ぶ時は役に立つだろう。
 そう思いながら、先輩の役に立てることを喜びつつ私は制服に着替えて学園へ向かった。


◆◆◆


 道中、校門の所で無駄にイケメンな不審人物に遭遇したが、警備会社に通報する前に不審人物の身元を確認することができた。
 その不審人物とは、怪我で赴任が遅れた新しい第二保健室の先生だった。
 学園にいる美形とは少し毛色の違う、儚い系の美形に嫌な予感がした私は適当に相手をして先生を職員室へ送り届けた。
 校門での会話で既に気力を吸い取られたので、今後はあの先生に接触しないよう気をつけることを決め、樹里先輩に言われた通り西校舎の秘密の扉を開けた。


 無事に西校舎への進入に成功した私は、次の指示通りいつもの隠し教室で先輩からの連絡を待った。
 その待ち時間の間、ふと黒板に目を向けると一枚のメモがあった。

「『大切な話がある。ここでもう一度会いたいから連絡をくれ。四宮宰』って、ええええ? し、四宮宰先輩から?」

 予想外の相手に驚いてしまったが、私の他に隠し教室の存在を知っている四宮宰先輩ならメモを残せることに遅れて気付いた。
 樹里先輩との思い出ばかりが先行していたので忘れていたけれど、四宮先輩と隠し教室を共有する者同士として出会ったのだった。
 生徒会監査の四宮先輩なら校内放送で一般生徒を呼び出すことも出来るが、敢えてこの方法を選んだのはそれなりの理由が存在すると思う。
 メモの内容は簡単すぎて『大切な話』が何か予測するのは難しいが、こうして隠し教室に再び私が訪れるのを期待してメモを残している点から表沙汰にできない件なのだと思った。そう、恐らく大切な話とは私達が共有する秘密だ。

 プライベート用の携帯番号とアドレスの書かれたメモをどうするか考え込んでいると、タイミングを見計らったかのように鳴り響く携帯電話。
 樹里先輩の話によると、私と連絡が取れる方法や時間帯を確認しているようだった。
 休日に限らず、平日の午前・昼休み・放課後も実験しようと考えている先輩に応じる返事をしていた――その時だった。

 樹里先輩との楽しい会話を妨害するように電波が乱れ、先輩の声が遠くなったのだ。
 そして何より、隠し教室から見える廊下で今の時期に存在するはずのない者を目にしたのは――……。
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