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へっぽこ鬼日記 第一話

第一話 予期せぬ旅立ち
 俺の人生を変えたのは、何の変哲もない自動販売機だった。
 いつもより少し時間が遅くなってしまったが、通り慣れた帰り道での出来事。
 時刻は午後十一時を少し回ったところ。十二月の寒さに勝てず、文明の利器に温かさを求めた事が原因だ。
 財布の中に小銭が入っていなかったので、必然的に俺は千円札を取り出した。
 コイン投入口とは別の札投入口にそれを入れて、無難な無糖珈琲を選択しボタンを押したはず。
 そう、本来なら黒いラベルの缶珈琲がゴトンと鈍い音を立てて落ちてくるはずなのに。

「……は?」

 一瞬後、何故か俺はボタンを押したままの姿勢で広大な草原に一人佇んでいた。
 それはもう、日本にこんな場所があるの? と思ってしまうくらい広大な草原だ。四方八方見渡してみても、草と見事に晴れ渡った空しか確認できない。
 ちなみに、俺が自動販売機のボタンを押したのは夜の十一時。青空ではなく夜空のはずだ。
 混乱する俺が徐々に落ち着いて最初に思ったのは、寸前の行為。そう、確か――。

「俺の千円、返せよ……」

 そんな場違いな心配事に返事をくれる人は当然ながら存在しなかった。





 そもそも、ここは俺の居た現代日本なのだろうか。
 自動販売機のボタンを押した直後に草原なんて、怪奇現象的な匂いがしてならない。一般に言う、神隠しやタイムリープの類の可能性だって捨てきれないのだ。
 とにかく、今は自分の安全を確保するのが第一だ。知らない土地で一人など危険極まりない。……というより、一人ぼっちは寂しいから俺がヤダ。
 とりあえず人と出会う事。それが現状の俺に課せられたミッションだと思う事にする。

 そうして誰かに会う事を期待しつつ、ザクザクと枯葉と大地を踏みしめながら歩き回っていると、前方から人の声が聞こえた。
 かなり遠くから聞こえていた声は互いに近づく事で、徐々にだが正確に俺との距離を縮めている。
 程なくして、聞こえていた声が途切れたと思ったら近くの茂みがガサガサと揺れた。やっと出会える人間に、俺の心が躍る。
 ひゃっほーい、第一村人発見! ついに深緑ばかりの森とおさらばだ!

「恭(きょう)様っ、やっと見つけましたよ!」
「え!?」

 しかし、俺は現れた人物に思わず渋い顔をしてしまった。
 第一村人=キノコ狩りに来ていた老人、を想像していたのだが草木を掻き分けるようにして俺の前に現れたのは、赤髪に紫紺の和服姿の不良(ヤンキー)だったからだ。
 年齢は恐らく俺より二つ下くらいだと思うが、見た目と格好のギャップが凄い。何この人、不良なのに和服なんか着ちゃって。
 いや、不良が和服を着てはいけないとは言わないし、街中を歩いていても和服の人を見かける。……けれど、こんな森の中で不良が和服って。

 ここで俺の頭には一つの仮説が思い浮かんだ。
 近寄りがたい雰囲気を放つ不良だが、実は茶道か何かの家元出身で普段は和服とか。そしてこの森は家元の私有地で、偶然俺を発見して俺に声を掛けてきたとか。
 うわ、俺ってば不法侵入者だな。警察に突き出される可能性だって否めない。

「勘弁してくれよ……」
「何を言ってるんですか、ここまで来ておいて!」

 え、やっぱり不法侵入者扱いなの? ちょ、警察沙汰とかマジ勘弁して下さい。
 情けないけど迷子なんです、本当です。でも恥ずかしくてそんなこと言えない!
 警察に突き出されるという事は森から出られるという意味に繋がるけど、一般の目から見てモラル的要素が激減だよね?
 人が恋しい、会話したい! でも捕まったら俺の将来お先真っ暗! わぁ、何この悪循環。

「はぁ、何でこんな所に居るんだろう……」
「ぅぬあああぁぁぁ! 本当にやる気ありませんね、恭様! 今日は我ら東の鬼一族を統べる東条(とうじょう)家を訪ねる予定でしょう!?」

 どうやら考えていた事が口に出てしまったようで、不良は律義に絶叫付きで答えてくれた。
 いや、俺は自動販売機ポチリ事件の事と俺の行く末を考えていただけですが。

 だが不良の言葉に、一瞬俺の思考が停止する。鬼一族って何のこと、と。
 鬼ってアレだよね。昔話によく出てくる赤色青色で金棒持った角生えた筋肉ムキムキの。
 もしかしてキミ人間じゃないの? 「我ら」って言ってたから俺も鬼なの?
 ええええ、何その設定。もしかして気付いてないだけで、角とか牙とか生えてるのかな。

「もう少しで到着するのですから我慢して下さい!」

 ぷんすか怒っている和服の不良が、俺にそう吐き捨ててから踵を返して先に進もうとする。
 鬼という言葉に疑問だらけの俺は、それを確認すべく和服不良の赤髪に手を伸ばした。
 だが不良との距離が思っていた以上にあったようで、着物の袖から覗く俺の腕が髪に触れる寸前で空を切る。

 残念、距離が足りなかったようだ……って、んん? 着物の袖?
 確か俺は防寒抜群のコートを着ていたはずだ。それが何故か服装が着物に変わっている。
 まさか、歩き回っている間にコートを脱ぎ落として来たのか? いや、そもそも着物なんて着ていないので脱いでも今の格好になるはずがない。

 不可思議な現状に頭を傾げながら歩いてきた道を振り返っても、相変わらず不気味で薄暗い深緑の森が紫苑に変わっていく空によって更に深みを増しているだけ。
 気づかない間に服を脱いで、歩きながら着替えるという芸当も俺には無理だ。
 仮にそんな事が出来るとしても、ただの変態ストリッパーだ。だ、大丈夫か俺!?


 と、不法侵入に加え変態疑惑まで浮上した自分に焦っていると、いつの間にか森が開けて辺りの景色を一望できるような場所に出た。

「ほら、見えました! この森を抜けて城下を進めばお城に着きますよ」

 不良の言葉に促されるようにして、指さされた方向へ視線をやる。
 そんな俺の目に最初に飛び込んできたのは、日本でも一・二を競えそうなほど立派な城だ。
 日本の城にあるような堀は存在しないが、白くて高い塀に囲まれた広大な敷地内に佇み、日の光を受けて更に存在感を増す美しいそれに目を奪われる。
 正面の大きく壮大な門へと続く道の先には城下町があり、茜色に紺の混じった空が幻想さを演出していた。
 あの天守閣から眺める城下町の景色も、さぞ素晴らしいものなのだろうと思った。もちろん、城下町の至る位置から眺める白く美しい城も。

「……立派な城と町だな」
「当然です。何たって東の鬼一族を統一する長(おさ)の土地なのですから」
「へぇ」

 やっとのことで言葉にできた俺の感想に、赤毛の不良は少しだけ得意そうに笑った。怒ってばかりだったので気付かなかったが、笑うと表情が幼くなるようだ。
 だが、ボケーっとしている俺を見てすぐにその表情を消し、わざとらしく大きな溜息を吐いた。
 次いで告げられるのは、俺にとって全く身に覚えのない事だった。

「しっかりして下さいよ? 恭様は我らの代表として顔合わせに参加されるのですから」

 ……何それ、初耳なんですけど。
 いや、少し前に叫んでくれたような気がするので初耳ではないかもしれない。

 不良の言葉に固まる俺だが、その原因を告げた本人は目的地であるそこへ行くための道順らしき単語をブツブツと呟いている。
 『恭様が寄り道をなさるから予定より遅れて……』と愚痴も聞こえたので、何故俺があの城を尋ねて長とやらに面しなくてはならないのか聞くタイミングを、完全に逃してしまった。
 まぁ、どちらにせよ森を抜けなくては話にならないので、不良の後について行こうとは思っている。
 その後のことは道中に考えることにしようと結論付け、俺は森の出口に繋がると感じた方向へ一歩を踏み出した。

「恭様、そっちは道が違いますよ! この期に及んで未だ逃げ出す気ですか!?」
「……チッ」

 肝心の第一歩が既に間違いだったようだけど。

 ――拝啓、現代日本で俺を愛してくれた皆様。(うわ、何か恥ずかしいな)
 どうやら俺は意味不明な場所で、妙な事に巻き込まれているようです。
 しっかり現状整理して報告すべきでしょうが、何だか面倒になってきたので流される事にしました。
 無暗やたらと歩き回っても、迷子扱いされると思ったからです。いや、迷子になるのは確実だけどね。

 とりあえず森を抜けるまで大人しく和服の不良について行き、城に着く前に詳細な情報を和服の不良から聞き出すことにしようと決めたのだった――。
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