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ジュディハピ 体育祭(準備) 呼び出し1

体育祭(準備)
 呼び出し 1





 交流会が行われた日の放課後――。
 三宮くんに最重要逃亡者の時計を渡したことで、交流会を失格となってしまった私は厳罰(ペナルティ)を受けるため風紀室へ呼び出されていた。
 しかし、訪ねた風紀室で私を迎えたのは風紀副委員長の八瀬楓くん一人だった。
 彼の他には誰もいない風紀室に異様な何かを覚えた私は、逃げる暇もなく八瀬くんに室内へ引き入れられてしまった。
 来客用のソファに無理やり座らされ、その隣に当然のような動作で座った八瀬くん。どうやら、この状況から逃げるのは非常に難しいようだ。

「そんなに警戒しなくても、平田さんに危害なんて加えないよ」

 にっこりと笑った八瀬くんの表情は、とても綺麗で優しげだ。
 以前までの私ならその微笑みに裏があるなど思わなかっただろう。
 でも交流会で姫川さんの企みを一緒に目撃した者として、八瀬くんの行動の数々が不可解でならなかった。
 姫川さんが失格になったと聞いたけれど、それが本当に八瀬くんの行動によるものかは私には分からない。
 もし本当に失格が八瀬くんによるものなら、取り巻きの一人と化していた彼が何故そんなことをしたのかも。
 単純に考えれば、姫川さんの不正を取り消そうとするはずなのに。

 そのまましばらく、ぐるぐると思考を巡らす私は何も答えなかった。
 そんな私の隣で、八瀬くんは肩口で結んだアッシュブラウンの髪を揺らしてますます笑みを深める。
 逆に、何とか耐えたものの、私の表情は不快に歪みそうになった。

「平田さんとは一度話をしてみたいと思ってたんだ」
「……それはどうも」
「あれ、迷惑だった?」

 素っ気ない私の反応に、意外そうな声色で首を傾げる八瀬くん。
 それに対してどう返すべきか、私は限られた短い時間で答えを考えた。
 たぶん、素で嫌そうな反応をしても、強気で挑発的な演技をしても、悪い方向へ物事が進みそうな気がした。まだ、顔を赤くしてミーハーな対応をした方がマシかもしれない。
 と言っても、キャピキャピとした空気を作り出すなんてハードルが高すぎて私には無理だ。
 なのでここは、八瀬くんの問いを否定しながらも場を脱する方向へ話を変えることを意識しよう。

「迷惑なんかじゃないよ。でも今日は、厳罰(ペナルティ)の説明をしてくれるんだよね」

 呼び出しのために教室の机に入っていた紙を、八瀬くんに向けて広げた。もちろん、顔には控え目な笑顔を貼り付けている。
 学園の風紀が発行したと証明する判子と顧問のサインが入った書類に怪しい点はない。
 あるとすれば、それは書類ではなくこの状況。失格者続出だったはずなのに、何故私一人が八瀬くんと二人きりでこの場所にいなくてはならないのか。
 そんな私の胸の内を予測していたのか、笑顔で嘘を述べた私に八瀬くんは腑に落ちないようだ。

「僕への質問はそれだけ? 他に気になっていることがありそうだけど」
「他に気になること? うーん……何で呼び出しが私一人なのか、とか? 確か、失格したのは私だけじゃないって聞いたよ」
「平田さん一人を先に風紀室へ呼んだのは、交流会での例の一件を目撃した者同士だからだよ」

 待っていました、とばかりに話を継いだ八瀬くんは楽しそうな雰囲気をまとって言葉を続けた。
 ここで言う、例の一件とは姫川さんの不正行為のことだろう。
 一体何のことなの? としらばっくれるか迷ったが、あれだけ衝撃的な出来事を簡単に忘れるはずもないので、心当たりがあるといった表情で私は八瀬くんを見返した。

「姫川さんも失格になったと聞いたけれど、ここに呼ばなくて良かったの?」

 聞いて良いことと、口にしてはならないことの境界線はとても曖昧だ。
 それでも、分からないフリには限界がある。聡い八瀬くんの目を誤魔化せる自信もないので、疑問に思ったことは素直に口にした。

「愛華さんを呼ぶと都合が悪いんだ。僕達があの一件を目撃していたと感づかせてしまうかもしれない。ああ、もちろん平田さんが愛華さんに告げ口するとは思ってないから安心してね」
「それは別に……」

 心配していないし、私自らが口にすることはない。
 姫川さんとの接触を極力控えている私にとっては、選択肢として上がることすらない行動だ。
 少し言葉に詰まった私を観察しているのだろうか。探るような視線に怖気づいてしまいそうになるが、ぐっと耐えた。
 何となくだけど、八瀬くんは自分が不正の交渉を目撃したのを秘密にしておくつもりなのかもしれないと思った。
 不正がどのように暴かれたかなんて、風紀副委員長の彼なら簡単に偽造して姫川さんに伝えられる。
 そこで、はっと気づいたのが、八瀬くんにとっての私の存在意義だ。
 もしもの場合、八瀬くんは私を盾にして姫川さんへ突き出す可能性もある。
 けれど同時に、姫川さんの前に引き渡された私が八瀬くんと一緒に現場を目撃したと告げることも懸念されるはず。
 ……どうも、私達はかなり微妙な均衡を保っているようだ。
 この腹の内を探るような時間が一刻も早く過ぎてほしい私には、ほんの少しの時間も長く感じられた。
 そんな手に汗握る私の視線を受けて、ふっと笑った八瀬くんの真意は、やはりよく分からない。

「平田さんは頭が良いみたいで助かるよ」
「何の話、かな?」
「さぁ、何の話でしょう? ただ僕から言えるのは、余計なことは言わない方が平田さんのためだってこと」
「それは――お互い様だよね」

 精一杯の私の強がりに、八瀬くんが笑みを一層深める。
 握りしめた呼び出しの紙が、表情を歪めないよう必死な私の代わりにぐしゃりと潰れた。
 まだまだこの苦痛の時間は終わらないようだ――。
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