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へっぽこ鬼日記 第五話

第五話 静かなる戦火
 鬼一族で一、二を争う程の美女。
 そのキーワードを耳にした俺は、まだ見ぬお姫様に対して胸を高鳴らせていた。

 俺みたいな一般人がお姫様に会う機会が何度も起こるだろうか。
 お姫様と言われて、配管工事の髭オヤジが主人公のゲームに出てくる桃姫しか浮かばない俺が、だ。
 それも会うだけではなく見合いだ。緊張するなという方が無理だ。
 そう、ドキドキと心臓が早鐘を打つように鳴っていたんだ。ホントに緊張していた。もう一度言うぞ、緊張してたんだ。


 結 局 爆 睡 し ち ゃ っ た け ど ね !

 遠足前夜に緊張して眠れなくて結局寝坊する人っているだろ。
 俺は遠足前夜に緊張して眠れなくなると思いきや、おやすみ三秒でオマケに寝過ごすタイプだ。

 一晩寝たら妙な緊張も無駄なドキドキ感も少なくなり、現在は朝食を済ませた後。
 昨日俺を部屋に案内してくれた女中さんが、再び広間へ案内してくれているところだ。
 どうやら婿候補の四人を一度に部屋に入れるようで、部屋に着く頃には四人揃った状態になっていた。
 四人一度に案内する事に効率性を感じないわけではないが、それよりも俺には気になる事がある。

 ズバリそれは俺以外の婿候補三人の服装だ。
 全体的に渋い色合いである利休色や墨色でまとめられた俺の服装とは違い、赤青緑の着物に竜や虎が金や銀色の糸で刺繍され、金キラの羽織姿なのが三人。
 色んな意味で素晴らしい服装の彼等から距離を取りたくなった。

 うーむ、何て言えばいいのかなぁ。
 三原色の絵具をグッチャグチャにした上に金箔と銀箔を振り散らした感じ?
 俺が確実に見劣りするのは理解できるが、個人的にコレは遠慮したい。
 鬼一族のセンスが俺には理解できないので下手な事は言えないが、絶対ヤダ。
 アレか? 雄鳥が雌鳥に自分の美しさを見せる的な?

 やっぱ異世界わかんねー。美意識の基準わかんねー。わかりたくねー。
 利休色の羽織、背中部分に付いてる藤紋のワンポイントが素敵だ!って思った俺の感動返せ。
 藤は藤見家で家紋として使われてるっていう情報を陽太から仕入れて舞い上がってた俺の喜びはどこに行った。
 見た目は不良だが良妻の鏡のような陽太に着付けを手伝ってもらい、『お似合いですよ』と褒められて『俺って意外とイケてんじゃね?』などと勘違いした過去の自分を殴り倒してやりたい。
 疑うしかない鬼一族のセンスにテンション下がりまくったじゃねーか。




 項垂れる俺の心境など無視するかのように、広間への出入口である襖がスッと開かれたのを合図として、俺の前に居た三人が足早に動き出す。
 俺のことなど眼中に無いとでも言うような行動の早さに俺は小さく肩をすくめた。
 俺を含めた婿候補の四人はライバル関係にあるはず。変に意識されるのも困るが、全く相手にされないのも微妙だ。


「おー、随分と気合いの入った格好だな」

 広間に入ると、何故か既に東条家当主の克彦様は上座に座り、手酌で酒を飲んでいた。
 ちなみに今の時刻は未だ午前中だ。時計がないので正確な時間が不明だが、感覚では九時くらいだと思っている。
 そんな事は気にもしていない風の当主様は順に俺達婿候補を見ながらニヤニヤと笑う。
 その辺のオッサンが真似すれば通報されても可笑しくない笑いなのだが、当主様ほどの男前がやったら絵になる。

 さすが美形。この一言で何でも片付く。
 しかし何故当主様は俺達より先に居座っているのだろう。
 他の婿候補達から特に焦ったような素振(そぶり)は確認できないので、時間に遅れたという事はない。
 昨日は解散宣言直後に急いで退室されたから忙しい方なのだと思ったが、今日は暇なのだろうか。

 体育会系の挨拶をしながら当主様に頭を下げていく3人に続いて、俺は上がりきっていないテンションを隠すように深めの礼をした。
 三人はイソイソと用意されている4つの席から自分が座るべき場所を確認している。
 相変わらず様子見から行動に移る俺は必然的に席に着くのが最後になり、一般的に言う『下座』に落ち着いた。
 奥に座る勇気なんか無かったので丁度良いと思う。
 何かアクシデントがあったら一番に逃げ出せるし。はい、臆病者とか言わないで!

 軽く息を吐き、徐々に緊張し始めていた体を静めるように規則正しい呼吸を繰り返す。
 俺の斜め後ろに誰かが座る音に気付いたが、陽太である事は疑いようがないので気にしない事にした。
 きっと、もうすぐ見合い相手の花姫様が広間に来るはずだ。
 当主様が座っている上座の横に、昨日は無かった席が設けられている。
 確実に花姫様が座るのだろう。出来心では近づけない距離が事の重大さを物語っている。




「しっかしお前ら、キラキラしてるな!」

 若干酔いが回っているのか、当主様はケラケラと笑いながら俺達婿候補に話しかけてきた。
 三人は嬉しそうに笑ったり、満更でもない顔をして返事を返している。
 しかし俺にはわかる。当主様は一〇〇%褒めて無いと。

 三人を見つめる目が生温(なまあたた)かい。
 自然に笑っているように見えるが、その笑みは爆笑を我慢している時のそれだ。
 腹が捩じ切れるほど笑って転げまわりたいのを必死で抑えている姿だ。

「……ぶふっ、ゴホンゴホン! ところで昨日はよく眠れたか?何か気になった事があれば言えよ」

 ついに噴き出しちゃいました当主様。
 無理やり話を変えて誤魔化してるけど不自然すぎる咳き込みと涙目でバレバレです。
 しかし当主様の反応を見ている限り、三人の格好はインパクトがあるだけで鬼の『正装』ではないようだ。
 良かった、当主様の美意識は正常だと思って良さそうだ。
 そもそも『正装』であるなら、良妻の陽太が用意していないはずがない。
 あれが『正装』で俺も強要されるのであれば確実に逃げ出していただろう。

 心の底から安心した俺は当主様の質問に対する答えを考えてみた。
 気になる事……と、広間で解散した後から今までの事を反芻(はんすう)してみる。

 そうだ。気になる事が一つある。
 緊張で実は忘れていたが、天井の木目が超怖いんだった。

 でも言えねぇ!
 天井の木目が怖かったから部屋を変えて欲しいなんて言えねぇええ!!
 仮に部屋を変えてもらえたとしても、天井が木目じゃない保証は何処にもないっ。
 それ以前に木目が怖いなんて恥ずかしい理由が通用するはずねーだろ俺!

 だいたい何で木材家屋って木目の天井なわけ?
 木目じゃない家もあるけど圧倒的に多いと思うのは俺だけじゃないと思う。
 田舎の爺さんに『あれは天井裏を走り回っとるネズミの目じゃ~』なんて言われてから軽くトラウマなんだからな!
 あ、そうそう。ネズミ繋がりな話だけどネズミ捕りなら粘着テープが結構有効的だと爺さんは言ってた。
 盆や正月に田舎へ遊びに来る時は『粘着テープ買ってこい』と言われたくらいだ。
 しかし爺さん。いくら田舎でも粘着テープくらい売ってるだろ。意外に重いし無駄な荷物になるんだからなアレ。
 ヤベ、何か爺さんとネズミに腹立ってきた。



「何か言いたそうだな、藤見」
「ネズミが――……」

 ポロリと漏らしてしまった言葉に、はっとして慌てて口を噤んだ。
 この脳内思考がダダ漏れな俺の口を何とかして欲しい。木目にビビり、ネズミ(と爺さん)を思い出して怒っていたなんて……。

 チラリと横目で他の婿候補三人を見ると、不思議そうな顔をしているだけだった。
 どの表情にも俺に対する軽蔑の眼差しが含まれていない事に安心して視線を当主様に戻す。
 広間の天井と俺を交互に見ながら面白そうに当主様は笑っていた。


「天井裏にか?」
「……いいえ」

 俺の脳内から漏れた言葉は忘れてください、という意味を込めて答えた。
 これでこの話題からは解放される。そう思って視線を広間から見える庭へ移した。

 その瞬間――。
 ビリッ……と肌を刺すような空気が広間全体を駆け抜けて、庭を何かが走る音と、それに続いて同じような音が複数俺の耳に入る。
 走音の正体を確認する事はできなかったが、広間の空気を変えた張本人である当主様の姿は、咄嗟に視線を戻した俺の先にある。
 当主様は優しげだった表情を鋭いものに変え、いつの間にか現れている黒装束の男性(恐らく忍者さん)に指示を出していた。
 俺からは忍の後ろ姿しか分からないが、昨日見た忍とは装束の作りが違っている。
 何より背にある二本の不揃いな長さの刀が印象的だった。


「――……一匹残らず仕留めろよ、吾妻(あづま)」
「はっ」

 シュバッ! という音だけを残して一瞬で消えてしまう忍の吾妻(当主様がそう呼んでたけど、名前だよね?)さん。
 何で忍者ってこんなカッコイイ登場や消え方するんだろ。
 是非ともその技を教えてもらいたい。

 ……じゃなくて、何ですかこの展開。
 事前の会話から推測すると『鬼一族は大のネズミ嫌い』って事?
 もしかして庭を走り去ったのは本当に庭に居たネズミとネズミ退治の忍者さん達?
 口元をヒクヒクと引き攣らせて説明プリーズ!と懇願を込めた目で当主様を見ると、当主様の視線と俺の視線がバチリと合った。
 あ、凄く嫌な予感。


「安心しな、アイツ等には庭に潜んでいたネズミを探しに行かせた」

 やっぱりぃぃぃ!?
 すみません吾妻さんや他の忍の皆さんんんん! 俺の適当な発言のせいでネズミ退治なんかに行かせてしまって!!
 そして吾妻さん達に命を摘み取られてしまいそうなネズミさん逃げてえええ!!

 ダメだ、摩訶不思議な存在すぎるよ鬼一族って。
 婿候補達の美意識に始まり、鬼一族がネズミ大嫌いという新事実。

 疲れた。まだお見合い始まってないけど疲れた。
 昨日あれだけ楽しみだったお見合いを放棄したいくらい疲れた。
 元凶になった張本人の俺がこんな事を言うのはダメだと思いますが…。
 こんな空気の中、お見合いなんでできるのでしょうか。
 あぁ、早くお見合いが始まってくれないかな。
 もしくは、今日は中止の方向でお願いします。


 ガンガンと鈍い痛みが走る頭を抱えたい気持ちを抑えつつ、
 場の空気を悪くしてしまった事と突き刺さる婿候補達の視線にゲンナリしながら、俺はお姫様が登場するはずの襖を縋る思いで見つめたのであった。

 元々低かった俺のテンションが更に下がるのとは逆に、他の婿候補が俺への闘争心をメラメラと燃やし始めた事に気付かずに――。

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