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へっぽこ鬼日記 第十三話(二)

第十三話 (二)

 腕に抱いた花姫様は、道中で俺の首に手を回し肩口に額を付けた後、抵抗を見せなくなってしまった。
 具合が更に悪くなってしまったのか、何を問い掛けても首を小さく横に振って言の葉は紡がれなかった。

 奥御殿の庭に来る時は誰にも遭遇しなかったが、帰り道では複数の使用人とすれ違った。
 彼等は驚きに足を止めたが、その都度相手にしている暇は無いので悪いとは思いつつも無視を決め込む。
 しかし、中にはバッチリと視線の交差する人も居るわけで、そういう場合は苦い笑みを返すだけにした。
 そうして、行きとは比べ物にならないほどの短時間で、世事にも優雅とは言えない動作で部屋に戻った俺達を見て、小萩さんと女中さん達は何事かと目を瞬かせる。

「まぁまぁ、一体何事でございますか?」
「申し訳ありません、小萩殿。やはり本日の花姫様は体調が良くなかったようでした。思慕の木までご一緒した後、具合が悪くなってしまいまして……」
「思慕の木――……」

 逸早く傍に寄って声を掛けてくれた小萩さんに、花姫様を連れ歩いてしまった事の謝罪と経緯を説明する。
 花姫様に一声かけて抱き上げていた身体を下ろすと、未だ首に縋りついた状態のため密着した体勢になってしまう。
 悪化の一途をたどる可能性のある花姫様を窺うために顔を覗きこめば、むーっと口を尖らせた花姫様が居た。
 その拗ねたような視線の先は、対峙している小萩さんだ。

「姫様、後で詳しくお聞かせ願います。今は大人しく寝所で横になって下さいませ」
「はぁい……」

 その言葉に、花姫様は項垂れて肩をがっくりと落として奥の部屋へフラフラと歩いて行った。
 俺には理解できなかったが、何やら二人の間でアイコンタクトによる意思疎通があったようだ。
 花姫様が場から消えた事により、互いに向き合う俺と小萩さんの独壇場が築かれる。
 もちろん、室内には遠巻きに俺達を見る女中さん達が居るが、それは外野に等しいのでカウントしない。

「小萩殿、医師を呼ばなくても宜しいのですか?」
「ご心配なさらずとも、何も問題ございません。このまま一日、ゆるりと休まれれば花姫様は元気になられます」

 俺の質問をピシャリと切り捨て、そんな事よりも、という雰囲気で話を続ける小萩さんに俺は首を傾げた。
 周りの視線がどんな目で見ているのか少し気になったが、何故か小萩さんからは目を逸らす事が出来ない。
 妙な空気に痺れを切らした俺は、なんとか事態を好転させようと口を開こうとしたが、被せられた小萩さんの言葉にたどたどしく答えを返す事しか出来なかった。

「失礼ですが藤見様、枝の色は何色でございましょうか」
「枝ですか?」
「藤見様が触れ、変色した思慕の木の枝でございます。淡水色の中で一色だけ違っていれば目立っていたと思うのですが」
「変色したのは思慕の木全体だったので、特に色の違った枝は無かったと思います」
「はい?」
「目立つ枝、という意味では特別な物は無かったように記憶しています。実は枝に触れた際に、思慕の木全体の色が一斉に変わってしまいまして……」
「――左様ででございますか」

 そこで暫し無言になった小萩さんに、はぁ、と溜息を吐かれて俺は身を竦ませた。
 額に手を宛てている小萩さんの言葉を待つ時間は、拷問に近い。
 ビクビクしながら口にした返事は、小萩さんを満足させられなかったのかもしれない。
 小萩さんは花姫様に仕える人の中で、どうしても仲良くしておきたい人だ。
 認められたい、必要とされたいと思っているのに、これでは呆れられてしまうばかり。

「昨晩も申し上げましたが、花姫様は色恋に慣れておりません」

 小萩さんの言葉に、ドキンと心臓が跳ねて俺はたじろいだ。
 冷や汗がダラダラと流れる中で思い浮かぶのは、『恋人繋ぎ』『抱擁』『キス未遂』という後ろめたい単語だ。
 花姫様と二人きりなのを良い事に、調子に乗ってしまったのは否定できない。
 それを咎める目的を含んでいるような言い回しに、情けない言い訳がぐるぐると廻ったが言葉には成らず視線を地に落した。
 だが、そんな俺の動揺に気付いていないはずがないのに、小萩さんは何でもない顔をする。
 黙り込んだ俺に何か思ったのか、小萩さんはそれ以上怒りを孕ませた言葉を続けることはなかった。

「暫くは姫様に合わせて下さる方が宜しいかと……。答えは既に出ておりますので、急ぐ必要はございませぬ」

 小萩さんの言い分は尤もだと思った。
 無意識の内に口付けようと行動した俺が遭遇した、緊張に体を硬直させた花姫様を思い出しながら頷く。

 確かに俺みたいな狼に手を出されたら困るよねぇ。
 さすが花姫様の女中筆頭、天下無敵の小萩さん!
 調子に乗りかけた俺に釘をさしてくれるなんて、視野が広いなぁ。
 最低でも同意を得て事に運ぶのが妥当なのだろう。
 となると、花姫様に逢う事も逐一許可が必要になってくる。
 まぁ、それは他の婿候補との兼ね合いがあるので当然と言えば当然だが。

 そうやって、しみじみと俺に感じさせる小萩さんの技量に感心し、腕を組んだ。
 考えるのは『今後どのように花姫様に接するか』だ。
 とりあえずキス未遂で花姫様の免疫が皆無なのは理解できたので、俺は現段階の許容範囲を探ってみる事にした。

 うーむ、と顎に手をあてながら考えるのは、今日一日で目にした花姫様の反応だ。
 手は花姫様からも握ってくれるので、オッケー。
 腰に手を回すのも僅かばかりの距離が空いていたので許容範囲として扱われていたはず。
 だが、抱き締めるのは微妙だった。花姫様から抱き付いてくれたけど、その後は抵抗された。
 ……そう言えば、部屋に戻る時に花姫様の手を引いたら抵抗されたような気もする。お姫様抱っこも思いっきり嫌がってたよな。

 あわわわ、強引にやった事は全部アウトじゃん。
 花姫様から手を握ってくれた時は平和だった事を教訓とするなら、花姫様に逐一許可を取るような行動が必要、という事かぁ。

「そうですね。確かに急ぎ過ぎたと認識しております。
 では花姫様が許可して下さるまで、私からは安易に触れぬ事を約束します」

 結局、同意を得ていない事は我慢する、という結論に至った俺は組んでいた腕を下ろして小萩さんを真正面から見た。
 小萩さんの信用をガタ落ちさせる気はないので、ここで誓いを立てるつもりだ。
 思案する俺が答えを導き出した事を空気で察した小萩さんも、それを聞くべく涼しげな視線を注いでくれる。

「嫌がる花姫様に無理強いしたいとは思いませんので……」
「そうではありません、どうかお待ち下さい藤見様!」

 そう続けたところで、奥の部屋から花姫様がバタバタと大きな音を立てて姿を現した。
 小萩さんが『はしたない!』と怒っているが、花姫様にその声は届いていないようだ。
 てっきり花姫様は休んでいるのかと思っていたのだが、服装は散歩に出かけた時のままだった。
 一つ違うのは、白い着物のようなものを大事そうに胸に抱いている事。
 何処かで見覚えがあるな、と思った俺は、それが昨晩花姫様に預けて帰った羽織だと気付く。
 綺麗に折り畳まれているが、興奮状態にある花姫様が強く抱きしめているので意味がないように見えた。

 何故と戸惑ったのは束の間。
 震える小さな肩を前に俺は、頭から冷水を浴びせられた思いがした。

「嫌がってなど……。な、慣れれば問題は――」
「無理に慣れて頂かなくても結構です」

 と、キッパリと言い放った俺に花姫様がくしゃりと顔を悲しげに歪ませた。

 しまった、と思った後には考えるよりも先に口が動いていた。
 無理に追い付こうとする花姫様に申し訳なくて否定したつもりなのだが、気が張るあまり言葉少なな態度で怯えさせたかもしれない。
 花姫様の反応を見て、変な誤解を招いてしまった事を読み取ったので、意図を説明する為に苦笑する。
 くすりと声を漏らす事で、眉を寄せていた花姫様と小萩さんの目を引く事に成功した。
 気の利いた言葉を言える性質でない事は自身で自覚している。
 どうせ気の利いたことは言えないのだから、余計な策は弄さず、誠実さを行動で示そう。
 想いが伝わるように、と見つめる目には込められるだけの熱を灯しておく。

「私が伸ばした手を貴女は取って下さいますか?」

 いつかと同じように、掌を上に向けた状態で花姫様に手を伸ばす。
 笑みを隠さずに浮かべると、一瞬きょとんとした花姫様はその笑みの意味をどうとらえたのか、素直にコクンと頷いてくれた。
 首が縦に振られた事を確認し、すかさず伸ばしていた手を下げて今度は両手を広げた。

「こうして広げた手に貴女は身体を預けて下さいますか?」

 一度は自分を閉じ込めた俺の腕を見て、戸惑う心を置き去りに花姫様は少し考えて頷いた。
 なんとなく予想はしていたものの、その反応に少し落ち込んで小さく笑う。
 まるで先を読んだような俺の反応に、花姫様は小さく息を飲んで手にしていた白の羽織を胸に掻き抱いた。
 本人には聞かせられないであろう答えに誘導された事で、花姫様は力無く俯く。
 明るみに出た現状を切なく思う反面、それでも俺は導き出したかったもう一つの事実に辿り着く事ができたので十分満足だった。

「まずは、もっと手を繋ぐ事から始めましょうか。それに慣れ、戸惑いを無くし、物足りないと感じた時に次へ進めば良いと思います」

 一度表に出してしまったこの感情は、もう仕舞込むことなど出来るわけがない。
 『愛している』、そう言うにはまだ何かが足りないけれど、恋という言葉に収まる想いではない。
 ニコリとしながら言えば、花姫様は今にも顔を覆ってしまいそうな様子で恥じ入っていた。
 しかしそれも暫しの事で、すぐに花姫様は顔を明るくして嬉しそうに笑った。
 可愛いなぁ、と思いつつ花姫様に触れる為に自ら手を伸ばせない事が少しだけ残念だった。
 その感情を隠すべく、一度室内を見回してから気持ちを落ち着ける。
 そこで、開け放たれた奥の部屋への襖を見て花姫様の体調が万全でなかった事を思い出した。
 俺という客人が部屋に居る事で床につく事ができないのかもしれない。

「では、私はこれで失礼します。花姫様、本日は十分な休養を取って下さい。婿候補の方々には私から伝えておきましょう」

 婿候補達も、花姫様の体調が悪いと聞いて無理に逢おうとはしないはずだ。
 本殿の同じ区域に寝泊まりしている俺が伝えに行けば、他人の手を煩わせる必要もないし効率が良い。
 明日は元気な姿を見せてくれるかな、なんて暢気な事を考えながら俺は別れの挨拶と共に頭を下げた。
 くるりと身体を半回転させ出入口に向かおうとすると、同じ挨拶を小さく返してくれた花姫様が、持っていた羽織を広げて俺に近づいて来る。
 近寄った花姫様の甘い香りがふわりと風に運ばれる。
 その香りに奪われそうな意識を何とか保ち、俺は羽織に袖を通し終えた。
 いつも俺の世話をしてくれる陽太と同じように、満足そうに笑った花姫様から自分の身なりに問題がない事を悟る。
 そして、花姫様と小萩さん、室内に居た女中さん達の視線に見送られて、今度こそ花姫様の部屋を後にした。
 奥御殿の庭を散歩した時と比べて少し気温が高くなり、心地良い風が吹きぬけて己の髪と軽く揺らす。
 忙しなく移り変わった感情とは違い、のんびりとした日だと思う。
 朝に一度通った道から窺える景色を眺めていた目は、次第に今別れたばかりの人を思い返して遠くを見つめ始めていたのだった――。



◆◇◆



 花姫様の部屋を出て、本殿の廊下まで帰って来ていた俺はいつになく上機嫌だった。

 後から考えてみたのだが、先ほどの羽織を着せてもらうシーンは夢のシチュエーションに非常に近かったのではなかろうか。
 現代で言えば、奥さんがネクタイを締めてくれるシーンか、背広を着せてくれるシーンに該当すると思う。
 今になって恥ずかしさが込み上げ、少しでも気を抜くと頬が自然に緩んでしまうほどだ。
 しかし、それでは傍目からすると変人なので常に口元を意識しながら足を進めていた。

 だが、それに関連したのか……気になる事が一つあった。
 何故かすれ違う人に挨拶をする度、『花姫様とお逢いになったのですか?』と聞かれるのだ。
 引き締めていたつもりだが、顔がニヤけていたのか? と頬をペチペチと叩く。

 最初は花姫様の部屋の近くで会った使用人だったので、特に気に止めていなかった。
 おかしく思い始めたのは本殿に入ってからで、人数にして四人目。
 花姫様と一緒の所を見られたわけでもなく、花姫様の部屋からの帰りだとも推測しにくい場所で、だ。
 背中に『花姫様と会いました!』という張り紙でもされているのか、と思って確認してみたが小学生のような悪戯は無かった。

 浮かび上がった疑問は答えを見出すことなく、また思考の彼方へ消えていく。
 そうやって、解決の糸口が見えない事に頭を捻りながら足を進めていると視界に映り込んだ人物に声を掛けられた。
 独特の口調で俺の名前を呼ぶのは、俺と同じ婿候補の一人だ。

「おやおや、藤見殿でおじゃりませぬか」
「おはようございます、ま……――松倉殿」

 うおっ、思わず麻呂様って本人に向かって呼ぶところだった!
 危ない危ない、と冷や汗を流しながら俺は麻呂様に返事をした。
 が、話し掛けた時に浮かべた笑みに凄みが増していく麻呂様を見て、俺は次の言葉を恐る恐る待った。

「花姫様との一時を過ごされた帰りでおじゃりますかな?」

 え、麻呂様も分かるの? もしかしてエスパー?
 やはり麻呂様も俺の予想通りの言葉を投げかけてくれた。
 ここまでくると、誰かの策略かと思う他ない。だがそれを匂わせるだけで何の得があるのか不明だ。

「はぁ、確かに仰る通りです。ですが、花姫様は体調が悪いので本日の逢瀬は控える事を伝えに参りました」
「ほっほ、これはまた想像を掻き立てられる方法でおじゃりますなぁ。麻呂達には真似できぬ事であるがゆえ、効果も期待できましょうぞ。加えて、噂に拍車が掛かって様々な憶測が飛び交っておりまする。他の者が藤見殿に逢った時の反応が気になりますので、麻呂もご一緒しても?」

 思い切って麻呂様に理由を聞くか、と考えていた俺だが、麻呂様の言葉にその心を折られてしまう。
 袖で口元を隠しているが、隠し切れていない目は悪だくみを見届ける者が持つそれだ。
 下手に口を開けば、余計な浅知恵を植え込まれそうなので反論せずに頷いておく。

「……そうして下さると助かります」

 それに俺って他の婿候補に超嫌われてるみたいだからね。
 プチメタボさんなんか花姫様と逢えないって言った瞬間に激怒しそうだし。
 一人で敵地に乗り込むより、味方の麻呂様が一緒に居てくれる方が心強い。
 ついでに、花姫様に逢った事を詰問された場合に、麻呂様が話題を逸らしてくれる事も期待したい。

「お二人は戸館殿の部屋の近くに居りますじゃろうて。
 実は戸館殿から部屋に寄るよう文が……。昨日の続きかもしれませぬのぉ」

 わぁ、今回の標的も俺ですか。
 ほっほっほ、と老人のような笑い声を上げる麻呂様に続き、縁起でもない言葉に乾いた笑いを返しつつ俺は内心でそうごちた――。






「おのれ藤見恭ぉぉぉっ! どの面(つら)を下げて私の前に現れたのだ!」

 開口一番でそう叫び出すプチメタボさんに、俺は頭を抱えたくなった。
 麻呂様の不吉な言葉通り、俺を出し抜く打ち合わせをしていたプチメタボさん達は、俺の姿を見るなり腰かけていた縁側から勢いよく立ち上がった。
 普通、後ろめたい作戦を考える場合は部屋の中で話すものではないのか。
 そんな論点のずれた疑問が浮かんだが、今日は風が気持ち良いからだ、と勝手に答えを出して思考を本題に戻した。

 そもそも何故俺はプチメタボさんに怒鳴られなくてはならないのだろう。
 昨日の嫌がらせの件で俺がプチメタボさん達に声を上げるなら、まだ理解できる。
 それがこう……親の仇を見るような目で睨みつけられているのだ。

 話し合いは無理かもしれない。
 『昨日の敵は今日の友』という言葉があるくらいだから、少しは打ち解けられるかもしれないと考えていたのだけれども。
 今にも俺に向かって塩を投げつけかねない剣幕に俺は溜息を吐いてしまった。
 とにかく、花姫様の具合が悪くて今日の逢瀬は無理だという事だけは伝える必要がある。
 自分が伝えると買って出た言伝なので、早く済ましてしまおうと、俺は二人に一歩近づいた。

「実はお二方に言伝がありま、」
「ええいっ、動くな! 私の風上に立つでない!!」

 プチメタボさん理不尽ー! 好きで風上に立ってるわけじゃないんですけどぉ!?
 今日は幸せな一日だと思っていたのに、何だこの仕打ちっ。……でも何で風上に立つ事を怒るのかな。
 お互いに十秒ほどの間は無言であったが、怒られる理由が分からず首を傾げる俺に、唐突にプチメタボさんが言葉が吐き出した。
 それに反応してしまったのは、使命感に燃えていた俺の性というか何というか。

「くそっ……真相を確かめるために、早く花姫様に逢わねば!」
「その件ですが、本日は花姫様の体調が思わしくないので逢瀬は遠慮すべきかと」
「な、何ぃ!?」
「藤見殿は姫と会ったのではござろう? しかし某達が逢えぬという事は理不尽でございますな」
「そうだ、逢瀬の約束を取り付ける場合は順番を守るべきだ! 花姫様の部屋を藤見殿が訪ねたのであれば、私にも同じ権利が与えられるはず……!」

 うーむ、どうやら根本的な部分で二人とは意見が食い違っている気がする。
 確かに花姫様と逢う権利は婿候補に等しくあるかもしれないが、それを取り付けるのは婿候補の技量に掛かっているはずだ。
 例えば、俺が花姫様と一刻の時間を共にしたからと言って、次の約束を取り付ける時にプチメタボさんの逢瀬が済むのを待つ必要があるかと言えば、そうではない。
 都合の良い言掛りに何だか腹が立ってきたが、これ以上仲違いしても良い事は無いので、飛び出しそうになった言葉は喉の奥で止めた。
 そうする事で少しだけ冷静になり、何だか馬鹿らしいという気持ちが先立って俺は小さく息を吐いた。
 まったく、どうしたものか。
 ため息混じりに心の中で愚痴を漏らせば、俺を見ている麻呂様と視線がぶつかった。
 自信に満ち溢れた視線を寄越し、それから何かを閃いたように微笑を浮かべる。
 その笑いは決して良心的とは言えないが、俺にとっては非常に頼りになるモノだ。
 目配せをした状態で微かに首を縦に振ると、是の意で目を光らせた麻呂様が文句を言う二人に向かって口を開いた。

「姫の部屋を訪ねるには、女中頭に許可を得る必要があるのではおじゃりませぬか?」
「っ、それは誠か藤見殿」
「確かに花姫様の部屋を訪ねると必ず小萩殿が出て来られますね」
「うぐっ……、それでは簡単に花姫様の部屋へ行けぬではないか!」
「女中頭殿……それは強敵でござる」

 何この小萩さん効果。俺の知らない間に何があったの?
 ぶるぶると震える二人の反応と言葉を拾い上げ、麻呂様が満面の笑みを浮かべる。
 なんだか麻呂様が場を上手く丸め込んでしまうような気がしたが、俺が口を出して二人を逆上させてしまうよりは良いと思って、事の行く末を見守る事にした。

「公平を主張するのでおじゃれば、一日ずつ姫に逢瀬の時間を設けて貰うのはどうかのぉ。他者の妨害をせぬ、逢瀬の時間は姫の意に従う、という条件であれば女中頭も強い反対はせぬはずじゃ」

 俺にとって麻呂様の提案は、メリットとデメリットの両方が存在していた。
 花姫様との逢瀬を邪魔された過去を持つ上、つい今しがたも嫌がらせについて話し合おうとしていた婿候補達の妨害が無くなるのは有難い。
 だが、四人居る婿候補が一日ずつ花姫様と逢うという事は、四日に一度しか逢えないという事になる。
 いくら公平だからと言っても、花姫様と恋愛がしたい俺にとっては非常に渋る点だ。
 まぁ……、一日という時間を有効に使う術は俺に掛かっているのだけれども。

「戸館殿、貴殿は女中頭に良い印象を持たれておらぬ。この一日交代制を採用せねば、逢瀬の約束すら怪しいのでおじゃりませぬか?」
「むむっ、確かに……」
「一日交代制の件は、麻呂から女中頭に話しておきましょうぞ」

 小萩さんに警戒されたら、そう簡単に挽回できないと思うけどなぁ。
 腑に落ちない思いでいた俺だったが、麻呂様の言葉から自らの思い違いを悟って提案を受け入れる事を決めた。
 彼らが俺の妨害をしたのと同じように、彼らには小萩さんというボス級の妨害が自動発動してしまう状態にあるらしい。
 小萩さんは麻呂様の提案の条件を守って、表立った妨害はしないだろう。
 けれど、一度警戒した者に対して心を許すほど生半可な心構えをしていないと思う。
 その点が違うだけで、俺は彼等より格段に優位な環境を得る事ができていると言えるのだ。

「それで異論はおじゃりませぬか?」

 最終確認でおじゃる、と繋げた麻呂様の言葉に、俺達婿候補は揃って首を縦に振った。
 そして、わいわいとした話し合いの結果、花姫様との逢瀬の順番は麻呂様、プチメタボさん、武士っぽい人、俺になった。
 俺が最後である理由は、先ほどまで花姫様と逢っていた事に関係している。
 簡単に言えば、他の婿候補達より花姫様と逢った回数が多いから最後になったという事だ。
 麻呂様が一番目という理由も、言い出しっぺだからという簡単な理由だ。まぁ、これは花姫様側への説明の役割を担っての事でもあるが。

 次に花姫様に逢えるまでの三日間は非常に長い気がする。
 正直、その間に他の婿候補達が花姫様と仲良くなるのでは、と気が気でない。
 だからせめて、一日の始まりと終わりには必ず花姫様宛ての文を書こうと、心に決めたのだった。
 俺に与えられた逢瀬の機会までは、まだまだ遠い――。
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