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へっぽこ鬼日記 幕間十(三)

幕間十 (三)
 戸館様と郷田様の去った室内は先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まりかえり、会話する者の声がよく響く。
 何故か室内に残ったままだった松倉様は他に話があるようで、小萩と千代の鋭い視線を気にもせず口を開いた。
 それに問い掛け返す小萩の声は、既に退室したお二方への怒りが残っているのか……いつもより低いものだった。

「婿候補の他に、邪魔をする者が居るようでおじゃりますな」
「松倉様、何を根拠にそのような事を?」
「藤見殿には、婿候補により姫との逢瀬が妨害された事を伝えましょうぞ。姫が常に藤見殿の事を気にされておった事も、姫には全く非がない事も」
「それは、私共には願ったり叶ったりな事です。しかし、事実を話せば松倉殿にとって不本意な状況を招くのではありませぬか?」
「そのような事は承知の上で加担しておったからのぉ。麻呂の印象が悪くなるのは確かじゃが、麻呂は麻呂で立ち回りを考えておる。本音を言うてしまえば、姫に加勢するのは麻呂の考えの一部に含まれておるのじゃ」
「……つまり、松倉様の目的は」
「お主等と同じく、――藤見殿じゃのぉ」

 力の抜けた身体を千代に預けたままだったわたしだけど、松倉様の言葉に藤見様の名を聞いて思わず反応してしまう。
 会話にわたしが横入りするのを松倉様は予想していたようで、当然のような顔をして会話を続けた。

「っ……、藤見様に、何を求めているのですか!?」
「藤見殿に、麻呂は何も求めておりませぬ」
「で、では、何故藤見様にわたしの事を……?」
「藤見殿に求めておりませぬが、麻呂は藤見殿に『求めて欲しい』のでおじゃります」
「求めて、欲しい……?」
「麻呂は、松倉信孝は、姫の御心に沿い藤見殿を東条の長として望んでおります。松倉の知を以って藤見殿に仕え、藤見殿に仕官する目的がある事を申し上げまする」
「――っ、松倉様は……」
「しかし現時点では、麻呂には思いも覚悟も不足しておると感じておじゃります。その不足しておる部分を手に入れ、藤見殿に仕える許可を頂ける者でありたいのですじゃ」

 どこか遠くを見つめる松倉様の真意は何も分からない。
 ただ感じるのは、松倉様もわたしと同じように藤見様に縋っているということ。

「姫の目的は藤見殿。麻呂の目的も、藤見殿。麻呂は姫に協力し、婿候補という立場を利用して藤見殿を影ながら支えましょう。そして姫は必ず……藤見殿の心を掴み、少しでも長く東条の地に留まるよう尽力下さいませ」

 その言葉に、異論はない。
 小萩にも他の女中達にも、藤見様と添い遂げることができるよう協力してもらっている。
 大切な友人である千代にだって、募るばかりの藤見様への想いを相談していた。だから、異論なんてなかった。
 だから松倉様を見つめ返し、言われずともそのつもりであることを示す。

 でも、松倉様に従っていいのかという疑惑もある。
 小萩も千代も松倉様を完全に信用していないようで、静かに話を聞きながらもどこか見極めるような視線を送っていた。
 そんなわたし達の胸の内を他所に、松倉様はこれからわたしが何をすべきか次々と口にした。

「姫、護身の三術を婿候補に使っても問題ないと、麻呂は思ぅておじゃりまする。戸館殿のような者には、遠回しな言葉は伝わりますまい」
「護身の三術は……」
「使えぬのでおじゃりましょう? じゃが今回のように、そこの女忍殿に任せきりでは困りますのぉ」
「私が姫様をお守りしますので問題はありません! 姫様にそんな術は必要……」
「必要じゃから申しておるのでおじゃ。戸館殿にならば強硬手段も通じようとて、郷田殿には戸館殿と別の意味で警戒が必要でおじゃりますなぁ。一本気に見えまするが、何やら良からぬ事を胸の内に秘めておるように感じましたのじゃ」

 その言葉に千代とわたしは首を傾げ、小萩は眉を寄せた。
 先ほどの茶室での一件から、戸館様と郷田様は同じような行動を取る方なのだと思っていた。
 その反応から松倉様はわたしと千代に分かるよう言葉を紡ぎ、時折小萩に確認するような視線を送った。

「婿候補達の出身が、東条にとって如何なる役目を担っておるか、姫はご存じでおじゃりますかな?」
「一般的な知識程度でしたら……。婿候補の方々について報告も受けております」
「まずは東鬼一の豪商、戸館家。東条より東南の地に持つ領土を商業で栄えさせ、東鬼各地の商人に精通しておじゃります。各地を行き来する商人の情報網は、闇に紛れて諜報を行う忍とは違った利点を有しておりますのじゃ。行商に慣れた彼等は言葉にも巧みで、金銭が絡んだ取引では如才な一面を発揮するじゃろう。機を見るに敏なりと申ぜば良いのか、判断後の動きの速さは目を張るものがおじゃりまする」

 ピクリ、と隣の千代が反応する。
 忍を引き合いに出されたからか、戸館様の話だったからかは不明だけど、その様子から松倉様の説明に何か思い当る節があるのだと分かった。
 過去にわたしの護衛を離れて忍の訓練を受けたことがあるのだけど、その時に商人と関わったのかもしれないと思った。

「次に武家の名家、郷田家。西北の地を西鬼の侵略から守る役目を約三百年前の東西南北の停戦協定後に任された名家。婿候補として参じた郷田殿は分家の出身なので大した力が無いようじゃが、武術の腕は一目置かれておじゃる。故に、権力に貪欲な面は持っておるが、もしもの場合に郷田家の先陣を切るのは彼と見て間違いなかろう。それに異論はございますかな、……西南の地を守る武家、『石橋家』出身の女中頭殿」
「ひとつ付け加えるならば、郷田殿の才能は本家にとって疎ましい物だという事です。本家の者で郷田殿に敵う者は居らぬので、本家の威厳に支障を来しているのでしょう」
「戸館殿以上に、郷田殿は姫を欲しておりましょうぞ。それこそ、当初姫が覚悟なされておった意味で」

 ぞくりと、背筋を冷たい何かが走り抜けたような気がした。
 小萩の出身地である『石橋家』とは、小萩を通じて人柄や考え方を知っているので怖いとは思ったことがなかった。
 でも、郷田様の内情を知って戸惑ってしまったのは確かだった。
 婿候補の報告書として渡された書筒により分家のご出身だとは知っていたけれど、後継者や権力争いにその身を投じていた事は初耳だ。

 藤見様に出会う前、わたしは全てのことを諦めて東鬼のために婿を選ぼうと決めていた。
 少しでも東鬼のためになる方を選べば、自分の決意が間違っていないのだと思いたかったからだ。
 でも同時に、心配していた。わたしが選んだ殿方がいずれ権力という強大な力に驕ってしまうことに。
 最初から東鬼の長という地位に目がくらんでいるのも、当然だと思っていた。だから、東鬼のためになるなら我慢できると思い、権力を持ったとしても使い方を極端に謝らない方を選びたかったのだ。

 しかし、戸館様のようにあからさまに女鬼を厭らしい目で見られる事に嫌悪した。
 そして今は、郷田様のように――一矢報いたいがために、権力を求めるのも怖いと痛感した。
 松倉様と互いの目的を叶えるための契約は既に成り立った。なら、わたしが次に起こすべき行動は――

「護身の三術、必ず使いこなせるようになってみせます」
「ほっほっほ、では麻呂も約束通り藤見殿に今回の件を説明しておきましょうぞ。結果は後ほど」

 そう言って、今度こそ茶室を後にした松倉様。
 まだ全てを信用して良いとは思えないけれど、松倉様はわたしを裏切らないと思った。
 わたしの求める先に在る、藤の名を持つあの方と並び立つわたしの姿に松倉様も同意している。
 互いが求める先に、藤の咲き誇る地で育ったあの方が居るなら相違ない未来のために協力しようと決めた――



◆◇◆



 夜と感じる時間はとても長い。
 日が落ちてしまえば外は真っ暗で、部屋の中には行燈の頼りない明かりしかない。
 静かな闇が訪れた夜の消えない明かりといえば、空にぽっかり浮かぶ月と星くらい。
 見慣れた景色のはずなのに、今日はわたしにとってそれが幻想的に見える輝きだった。

 会いたい、と心の底から強く思う。恥ずかしくて、そんなことは絶対に言えないけれど。
 この幻想的な夜の一時を共に過ごしたいと願う、想い人がいる。

 いつか部屋を訪ねてくれる日が来るかもしれない。
 いつか部屋に呼んでくれる日が来るかもしれない。
 そう思えば思うほど、想いとは逆に夜空に輝く銀月の光が弱く見えた。

 松倉様が退室された後、わたしは小萩や千代と一緒に自室へ戻って護身の三術について勉強していた。


「姫様、少しご休憩なされては如何でしょうか? 護身の三術は一日や二日で習得できるものではありませんよ」
「でも一ノ術は何とか使えるようになったわ。二ノ術は難しくてできないけど……」
「二ノ術は強力な拒否反応や拒絶の気持ちが重要なので、何らかのきっかけが必要かもしれません」
「千代は自分の護身の二ノ術が何なのか知っているの?」
「はい、私は忍仲間相手に昔から術を使う訓練をしておりますので」

 その言葉と共に、千代の顔から感情が消えた。
 忍仲間との特訓を思い出しているようで、感情が窺えないながらも声に少しだけ苛立ちが含まれているような気がした。

「それに、二ノ術は躊躇いがあっては使えません。特に初めて使用する場合は、本当に心からその者や現象に嫌悪し、我を忘れる程の衝撃を受けねばならぬと言います」
「我を忘れるほど……」
「ちなみに私は忍の訓練をし始めた頃、兄弟子の態度に激怒してから使用可能になりました」
「そう言えば千代は他の忍と仲良くないようだけど、何かあったの?」
「はい、口にするのも腹が立つ事が。今では男鬼が毛虫より嫌いです」
「…………そ、そんなに?」

 千代の毛虫嫌いは尋常じゃない。でも、その上をいくほどだなんて。
 もしかすると、わたしが藤見様の話をするのも本当は嫌だったのかもしれない。
 会話の殆どはわたしに相槌を返してくれるだけだったけど、一言一句漏らさず聞いてくれる千代に甘えていた。
 あわよくば、千代の二ノ術を参考に見せてもらえないかと考えていた。でも、それは千代にとって良くない記憶を思い出させてしまうことに繋がる。
 今までも嫌々わたしの話に付き合ってくれていたかもしれないのに、これ以上自分本意なお願いはできないと反省する。

 そんなわたしの変化に気づいたのか、千代がしんみりしてしまった空気を変えようと声をあげた。


「息抜きに松倉様から贈られた書物を読まれてはどうでしょう? 姫様のお好きな恋物語ばかりだと仰っておりましたよ」
「そう、ね。じゃあ少しだけ目を通してみようかしら。ふふ、本当は気になっていたの」
「ではお持ちしますね!」

 ありがとうと千代にお礼を言うと、千代は嬉しそうに笑って書物を取るために立ち上がった。
 程なくして戻ってきた千代の手には、松倉様から頂いた一冊の書物。いくつか頂いた物の中から千代が選んでくれたのだと思う。
 笑顔でわたしに書物を差し出してくれる千代に続いて、小萩が女中が控えるための奥の部屋からお茶を持って現れた。
 休憩をとることを許してくれた小萩にもお礼を言って、わたしは書物を開いた。




 ――しかし、それは私が恋い焦がれるような物語ではなかった。
 始めは小さな違和感だったけれど、その違和感は読み進める度に大きな確信となっていく。
 本当は読み進めたくなどないのに、続きが……結末が気になって、気づけば泣きそうになりながら書物の頁を捲っていた。

 そう、松倉様の下さった書物は――『昼土羅(ひるどらの)書』という、一人の男鬼を複数の女鬼が欲する話だった。
 架空の地を治める次期当主には将来を誓った娘がいるけれど、家臣の策略により他の女鬼を側室として先に迎え入れなければならなくなる。
 側室になる女鬼は男鬼のことなど愛していなかったのに、いつの間にか男鬼の優しさに触れ心を許していく。
 その一方で、将来を誓い合ったはずの女鬼は確実に心の距離を縮めていく二人を見ていられなくなって、行方を眩ませてしまう。
 男鬼は二人の女鬼の間で気持ちを揺らしながら、消えた女鬼を探そうと必死になる。しかし、その傍らには側室になる女鬼がいた――



「あの狸っ……」

 小さな声で呟いた千代の言葉の意味はよく分からなかった。
 聞き返したいとも思ったけれど、瞳いっぱいにたまった涙が零れそうになって、うまく言葉が紡げない。

「側室は……全く考えていなかったけど、否定は出来ないのよね……?」
「ひ、姫様! これは単なる空想の話であって、姫様とは何の関係もございません!」
「や、やだ、こんな風に藤見様と誰かが関係を持つかもしれないなんて……!」
「あああああ、どうか泣かないで下さいっ! 今からあの狸をしょっ引いて来て説明させますので、落ち着いて……!!」

 ついに我慢できなくなって、大粒の涙がボロボロと零れ落ちはじめてしまった。
 自分を将来を近い合った女鬼の方に見立てるなんておこがましいけれど、愛して欲しいという気持ちばかりが先行して胸が苦しくなった。
 そして、もし自分が側室の女鬼の立場なら、藤見様に既に心に決めた方がいらしたら、と考えると涙が止まらなくなる。

 千代が何とかわたしを落ち着かせてくれようとするけれど、その言葉を素直に受け止めることができなかった。


「これは昼間、裡念様から聞いた話でございますが」

 そんなわたし達を眺めていた小萩が、少し大きな声で制止かけるように口を開いた。
 二人で小萩を見つめると、大きなため息を吐きながら続きを口にしてくれる。

「藤見の男鬼は、たった一人を妻として娶り、生涯その者だけを愛しむそうです」
「でも、もしかしたら藤見様には既にお相手が……」
「婿候補として東条の地を踏んでいる間は相手がいらっしゃらないのでは? たった一人を決めているならば、婿候補として残っているのは不自然でございます。それに、東条の長という地位に何の魅力も感じておらぬ様子の藤見様が、何故未だに東条の地を離れぬのか……」

 ドキドキと、胸が先ほどとは別の意味で早く鼓動を刻んでいる。
 小萩が話してくれる内容に期待して、祈るように胸の前で手を握ってしまっていた。

「私の中では理由が既に予測できておりますが、あくまでも推測の域。藤見様が留まる理由を知りたいのであれば、姫様ご自身が藤見様に直接お確かめなさいませ」

 頬に熱が集まって、もしもの可能性を信じたくなる。

 脳裏に浮かんだのは、奥御殿にある思慕の木。
 家臣に婚姻を反対されたお父様が、お母様への気持ちを証明するために使った、恋人達の伝説の木。

 小萩の予測や推測がわたしの望むものと同じなら、藤見様が思慕の木でこの地に留まる理由を教えてくれるはず。
 今は私のせいで、沫水色に輝く思慕の木だけど――幼い頃に当時の様子を聞かせて下さったお父様達の話のように、その姿を変えてくれるかもしれない。

 零れた涙を懸命に拭って、わたしは藤見様の気持ちを確かめたいと強く思った――
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