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ジュディハピ! ダイジェスト⑤

ダイジェスト⑤
 第二保健室から教室に戻る途中、制服のポケットに入れていた携帯が震えたので確認すると絵理から次の授業が自習になったというメールが届いていた。
 図書室までは距離があり授業開始の鐘が鳴るまでに到着するのは不可能なので、私は周りの生徒達が慌てて教室に戻っていく姿を尻目に、一人ゆっくり足を運んでいる。
 そこでふと、意外なことに三宮くんも姫川さんと接触していないのだと気付いた。
 私が向かっている『図書室』といえば三宮くんだ。元図書委員で、生徒会に能力を認められて引き抜かれた侮れない人。
 あのヘラヘラした笑顔の下にある顔はどんなものなのだろう、と三宮くんの締りのない笑顔を思い浮かべながら図書室への距離も直線の廊下を残すだけとなった、その時だ。
 廊下を進んでいた私の真横の位置にきた扉が絶妙なタイミングで開かれたのは。

「うわっ!」
「わ、ごめんねー……って、加奈子ちゃんだ」

 その扉から姿を現したのは、今まさに私が思い浮かべていた三宮くんだった。
 二重の意味で驚いた私は午後の授業の開始を鐘が告げたにも関わらず三宮くんがこの場にいる事に疑問を持った。
 もしかすると、不在の役員の代わりに仕事を片付けているという三宮くんが利用する重要な場所なのかと扉上部にあるプレートを見て別の意味で三宮くんがここに居ることに納得する。

 今はこんな風に親しげに会話をすることができているけれど、姫川さんの件がなければ本来は声を掛けることすら許されないほど上の立場の人なんだな、と三宮くんを見上げながら思った。
 三宮くんに限らず、この学園の一年がループしていなければ姫川さんに関連することなんて過去の私は気にも留めなかったはず。
 それが今はこの状態だ。姫川さんに関連する情報を集めようと必死になって、知る筈の無かった多くの人の内面に触れている。

「ねぇねぇ加奈子ちゃん、自習ならオレと一緒に居ても大丈夫だよね?」
「まぁ、友達には遅れて行くって連絡してあるから問題はないけど……」
「じゃあ少しお話でもしようよ。それとも、また『質問ゲーム』でもやる?」
「えー……三宮くんってそういう駆け引きに強そうだから嫌かも」
「フフフ、否定はしませーん。場所はココでいいよね。オレと話すところを他の人に見られたくないんでしょ?」
「う、うん。でも三宮くんが嫌いって意味じゃないからね?」
「大丈夫、オレの親衛隊やファンの子達に見られたくないって理由だと気付いてるよ。……だから、あまり巡ってこない機会を大切にさせて? 今はオレに加奈子ちゃんの時間をちょーだい?」

 両手を合わせて『お願いポーズ』をとる三宮くんに、私は何故か無意識のうちに頷いてしまっていた。
 姫川さんに関する情報だけを集めればいいのに、その可能性が少ない上に何の役にも立たない三宮くん個人の情報に貸す耳はないはずだと頭で理解していても、何故か拒むことはできなかった。

 そこで交わされたのは、決して期待してはいけない小さな約束。そして、共に過ごすことで引き出された恋人達のようだと錯覚してしまうほどの甘い時間。

 指先に触れていたはずの手は一本一本しっかり指を絡めて握られている。
 コツンと軽い音と共に重なった額に、今度こそしっかりと交差した互いの視線。

「加奈子ちゃん、オレ……」

 低く艶めいた囁きに粟立つ背筋に強張る体。そして心臓を鷲掴みされたように早鐘を打つ胸。
 触れ合った部分から熱が伝わり、その熱さが異常だと感じる反面、何故か心を満たしてゆく。
 緊張や恐怖が入り混じった思考の中に、ほんの微だが確かな期待を抱いている己の存在があると混乱しながらもどこか客観的にそう思った。

 それでも抵抗が私の中で上回り、繋がれている手を強く握り締め、次に堪え切れずその手を振り払って私は『図書準備室』の扉から逃げ出した。
 私の座っていた椅子が床に倒れたような派手な音が聞こえたが、それを元に戻しに行こうとは思わない。行けるはずがない。

 そして私がすぐ近くにあった図書室へ猛ダッシュで駆け込み、図書室で勉強をしていた絵理に縋る思いで抱き付いたのは言うまでも無い。
 何ごとかと心配して声を掛けてくれる友人達に答えるべく声を上げようとするが、震える唇で訴えることは叶わなかった――。



◆◆◆



 樹里先輩と姫川さんについて色々と話し合った連休の一日目。
 先輩の提案により、情報収集の意味もかねて四宮宰先輩にハンカチを返すという理由で再び接触することになった。
 個人的には週明けでも良いと思っていたのだけど、意外にも休日の隠し教室を待合い場所として指定してきた四宮先輩。
 どうやら、そこで私に何か伝えたいことがあるらしい。

 翌日、私は指定の時間ちょうどに隠し教室を訪れた。
 休日なので元から利用者の少ない西校舎にわざわざ足を運ぶ生徒などおらず、最低限の注意をするだけで比較的簡単に隠し教室に着くことができた。
 ちなみに今日は以前のように西校舎裏の隠し通路のような所を使っての侵入ではなく、普段通りの道順でこの場にやって来た。理由は四宮先輩が鍵を開けておいてくれると申し出てくれたからだ。
 隠し教室の前に立って何度か左右を確認し、壁がスライドして現れた出入口から私は中に入った。
 四宮宰先輩は窓側の後ろの方の席に腰掛けていたようで、私が姿を現したのに気づくと席から立ち上がって私に柔らかい笑みを向けた。

「おはようございます」
「おはよう。悪いな、休日なのに呼び出して……」

 ええ、まったくその通りですね。なんて皮肉は喉の奥に呑みこみ、私は四宮先輩に近づきながら気にしていないと首を横に振る。
 そういえば四宮先輩と会うのは久しぶりだ。かなりの頻度で隠し教室に来ているのでその感覚が薄れ気味だが、直接顔を見ると改めてそう思える。
 鏡越しでは灰色に濁った世界しか見えないため樹里先輩のコバルトブルーの綺麗な瞳は記憶の中にしか残っていないと思っていたけれど、四宮先輩の瞳も同じ色だった。

 ハンカチとそのお礼を渡し終えた後、四宮先輩は私に西校舎の見取り図らしきものを差し出しながら呼び出した理由を教えてくれた。
 どうやら学園中に監視カメラが増設されることが決まったらしく、西校舎もその対象になってしまったのだとか。
 隠し教室を利用している私達に、監視カメラの存在は良い知らせではない。
 だから四宮先輩は、自分が担当するこの案件に何らかの理由を付けて監視カメラの死角を作り出すことができたそうだ。
 私の分として用意された見取り図には、不思議な模様が幾つか書き込まれており、探求心をくすぐった。
 この隠し教室といい、一階の非公式の出入口といい、西校舎――学園には秘密がたくさんありそうだ。
 そんな私の様子に小さく笑いを漏らした四宮先輩は、少し呆れながら口を開いた。

「平田も興味があるなら一緒に調べようか。……念の為に言っておくが、一人で調べようとしないでくれよ?」
「どうしてですか?」
「女の子が一人で人通りの少ない西校舎に長時間滞在するなんて危険だろう? それに西校舎の秘密を一人で捜索するのは更に危険だ」
「えー? 四宮先輩も一人で捜索されてたんですよね?」
「俺は外部に連絡を取る手段を幾つも持っているから、何か問題が起こってもそれなりの対処ができる」
「私だって外部と連絡を取る手段くらい……」
「では仮に平田が探索中に何らかの問題が生じて個室に閉じ込められたとしよう。中は右も左も分からない暗闇で頼りになるのは携帯の明かりのみ。だがその場所は携帯の電波が届かない場所だった。時間は既に生徒が下校した後だ。気付けば携帯の充電は残り少ない。さあ、平田ならどうする?」
「…………一人で調査するのは恐いので控えようと思います」
「ああ、そうしてくれ。でも俺と一緒なら調べても良いからな」

 出鼻を挫かれた気もするが、四宮先輩の言葉にあった通り携帯さえあれば何とかなると思っていた私には良い牽制となったと思う。
 仮定の話を想像しただけでも困り果てて何もできないという結論に行き着くので、実際にはもっと最悪な可能性だって捨てきれないだろう。
 四宮先輩は大人しく頷いた私を満足そうに見て目を細めた後、制服の内ポケットから蛍光ペンやボールペンを取り出して見取り図に向き直って、監視カメラの死角について説明をしてくれた。



◆◆◆



 少し差異はあるものの、順調に多くの男性陣を虜にしていく姫川さん。
 そんな彼女を観察し続けて数日経過した、とある日。私は姫川さんに夢中になっている双子の一人、五宮伊吹くんと遭遇した。
 四月の彼等の誕生日以来、特にこれといった接触をしていなかったので私のことなど忘れているものだと思い込んでいた――のだけど。

「俺のファンなのに、何でお茶会に参加しないわけ?」

 と、人気のない所まで私を連行してきて開口したのが、この言葉だった。
 すっかり忘れてしまっていたが、そういえば以前の会話で伊吹くんのファンという設定で話を進めたのだった。
 なるほど、伊吹くんは五宮兄弟主催のお茶会にファンクラブメンバーだと言った私が参加していなかったことに納得できていなかったのか。
 どうやらファンクラブのメンバーはお茶会に参加するのが当然だと思っているようなので、私は本人にファンと公言しながらも参列しなかった理由を適当に述べ始めた。

「えーっと、お茶会の件はごめんなさい。でも私は陰日向となり伊吹くんを見守ろうと……」
「何そのストーカー行為。気味悪いから今度からは俺の前に出てきていいよ」
「いえ、あー……耐え忍ぶことでこの想いが増すので結構です」
「見てるだけで満足ってこと? へぇ、いまどき珍しいくらい奥ゆかしい考えだね。ちょっと新鮮かも」
「私はただ、伊吹くんが心穏やかに過ごしているのを見守っているだけで満足なので」

 見ているだけで満足している女の子なんて回答が怪しい女を暴露しているけれど、姫川さんとのやり取りをこっそり眺める予定の私には良い言い訳ができたじゃないかと前向きに考えた。
 気持ちの悪いストーカー女だと認識されれば今後この関係が進展することもないだろう。むしろストーカー女との関わり合いを断とうとするに違いない。
 若干、変り者だと認識された感は否めないが許容範囲内だ。陰からこっそり見守っています、と言った私に人の目がない場所を選べる伊吹くんが話しかけてくることはないと思う。よし、計画通り!

 この際、伊吹くんの一人称が『ボク』から『俺』になっており口調も普段と違うのは気にしない。
 気にして質問してしまえば取り返しのつかない部分に触れてしまうぞ、と私の勘がそう告げている。自慢じゃないが私の嫌な予感の的中率は百パーセントだ。
 きっとそれも、この場を乗り切れば安全になる。
 変な地雷さえ踏まなければ、学園には少し珍しい風変わりなストーカー女と思われるだけだ。
 早く伊吹くんに別れを告げて帰宅しようと少し高い位置にある伊吹くんの顔を見上げた。

「心穏やかに過ごす……ね」

 あ、こりゃ帰れないわ。今まさに地雷を踏んでるっぽい。
 別れの挨拶をすべく繕った満面の笑みの口端をヒクヒクさせた私に向けられた伊吹くんの声は低く、表情も硬い。

「良い機会だから少し話をしようよ。陰日向で俺を見守り、俺が心穏やかに過ごすことを願ってくれる変なセンパイなら喜んで付き合ってくれるよね?」

 占いは良いことだけを信じる派だったけれど、これからは悪いことも回避するよう努めようと心に誓った瞬間だった――。



◆◆◆



 立て続けに起こった姫川さんを取り巻くはずの男性陣との接触は、それでは終わらなかった。
 私の中で関わり合いになりたくない組織ナンバーワンに輝く風紀のメガネ共を何とか回避できたと思ったら、再び天下の生徒会長様と接触してしまったではないか。
 なんてこったい! と自分の運の悪さを恨んだ私は抵抗する間もなく会長に空き教室へ連行され、暇つぶしの相手とされてしまった。
 コンビニでの一件により、妹さん達の好感度を大きく上昇させることに成功した会長は非常にご機嫌だった。

「クマ子から見て俺の左に写ってるのが妹の彩音あやね、右が弟の瞬しゅんだ」
「わぁ、可愛い妹さんと弟さんですね」
「俺の妹と弟だから可愛いのは当然だろ。それよりもクマ子、もっと俺に言うことがあるんじゃねーか?」
「は? え、えーっと……二人ともお兄さんである会長のことが大好きなんですね?」
「はははは、そうだろうそうだろう! さすがクマ子、分かってるじゃねーか! やはり写真だけでもそれが伝わってくるのか。はははは!」
「あはははー……それはもう、嫌というほどに」
「何だ嫉妬か? 心配しなくてもクマ子も後輩として可愛がってやるから安心しろ」 

 心配も安心もしてねーよ、妹弟愛が半端ない会長にドン引いてんだよ。
 携帯を二人で覗き込むことで会長との距離が近くなるが、そこに女子生徒達が求める桃色な空気など存在しない。むしろ彼女達に見せてはいけない会長の一面だ。
 デレッデレに表情を緩めている会長は元が美形なので、威圧的な普段と違い何倍もの甘さをプラスしている。だが口から漏れ出る言葉は反応に困るものばかりだ。
 確かに、今し方会長に見せてもらった携帯の画面に表示されていた妹さんと弟さんはお世辞ではなく本当に可愛らしかった。
 妹さんの彩音ちゃんは会長と同じ黒髪が鎖骨の位置まで伸びたサラサラストレートの美少女。肌も白く画面越しでも長い睫毛をしているのだろうな、と思うくらい大きな瞳をしていた。
 弟さんの瞬くんは少し癖っ毛の濃茶の髪をしているが何処となく会長に似た容姿をした美少年だ。将来有望すぎて色んな意味で心配になってきた。
 その二人の真ん中に会長が優しく微笑んでいる家族写真は、見ているだけで心が暖かくなってくる。
 ノンストップで自慢話をし続けている会長の姿を知らなければ、だが。

 そんな風に家族自慢をする会長は、コンビニの時と同じように私に新たなミッションを提示してきた。
 どうやら会長は今以上に妹さん達に好かれたい気持ちが強く、それについての相談を私に持ちかけたようだ。
 弟さんの方は休日の朝に放送されている戦隊ヒーロー物に夢中らしく、仕事で忙しい父親の代わりに会長がヒーローごっこに付き合っているそうだ。
 それを聞いて『会長が……ぷぷっ!』と噴き出しそうになったが、少し気持ちを落ちつけて真剣に考えてみると意外に似合っていたので逆に驚きだ。
 妹弟愛が強いという新たな一面を持っていても美形は美形。もし会長が戦隊ヒーロー物に出演していたら、あっという間にお茶の間の奥様方に大人気だ。だからあまり馬鹿にはできなかった。
 あと、会長のお父様がヒーローごっこをする息子達を見てハンカチをギリリとするシーンも簡単に想像できた。ああ、私の中にあった一宮家のイメージがどんどん崩壊していく。
 ――という感じで弟さんの方は今のところ問題がないらしい。説明にもあったように会長が悩んでいるのは妹さんの方だ。
 ちなみに元々物欲の少ない妹さんにはこれ以上のプレゼント攻撃は効果がないらしく、欲しい物を自由に買い与えるということが教育上良くないので案としては却下らしい。
 これまた意外にしっかり教育しようとしている会長に、思わず感心してしまった。

 それだけ真剣なら、相談された私も真剣に乗る必要がある。
 そう思い、私は会長に対して大いに役立つであろう情報を口にするのだった――。
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