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ジュディハピ! ダイジェスト⑥

ダイジェスト(舞台の幕開け~元女神の助言)
 ついにこの日が来たのかもしれない、と隠した拳に力を入れながら心の中で呟く。
 午前の授業を終え、昼休みに入って五分も経たないうちに現れた五宮兄弟と九瀬くんの姿を見て予感はしていた。
 その心の中で呟いたものが確信により近くなったのは、姫川さんに群がる男子達を押し退けて近づいた一年生の三人が口にした言葉からだ。

「愛ちゃん、今日のお昼は一緒に食堂に行く約束だったよね!」
「ズルイよ伊織! ボクの知らない間に愛ちゃんとそんな約束をするなんてっ」
「お前らは二人セットなんだから文句言うんじゃねーよ。愛華先輩、うるさい五宮兄弟より俺と一緒に食いませんか?」
「「九瀬っちはお呼びじゃないから帰ってよ!!」」
「うるせえ、声揃えてキャンキャン吠えんな!」

 姫川さんの番犬イメージが強い九瀬くんに、愛犬イメージの強い五宮兄弟が喰って掛かっていく姿は文字通り犬の喧嘩のようだ。
 それを微笑ましく見つめるだけで止めようとしない姫川さんは彼等のリードを握る飼い主なのだろう。
 掴み合いにこそならないが睨み合いの続く三人の姿を教室や廊下にいた生徒達が興味深く見て、その原因が姫川さんだと十分に周知させた頃にようやく姫川さんは三人の間に入った。

「もう、三人で私を取り合いしても私は一人しかいないんだよ? どうして喧嘩するの?」
「ボク達みんな愛ちゃんが好きだから一緒に居たいんだ! ケンカにもなるよー」
「てめぇ、何どさくさに紛れて愛華先輩を口説いてやがる! 愛華先輩、俺だって先輩のこと大事にしたいって思ってます」
「うふふ、みんなありがとう! でも喧嘩は良くないから今日はみんなで一緒に食べましょう?」
「うー……愛ちゃんがそう言うなら」
「くっ……愛華先輩がそう望むなら」

 私にはこの会話が姫川さんの誘導によって成り立ったものだとしか思えなかった。
 喧嘩をする理由が自分であることは最初から知っているのに、注目を集めている状況でわざと三人に質問をし、三人にとって姫川さんが特別であると自らの口で言わせたのだ。
 彼等に向けているその表情は微笑ましく見えるが、女子しかいない集団に向けた姫川さんの顔を私は見逃さなかった。
 未だ睨み合う三人に気づかれないよう、男子の視界には入らない方向に顔をずらして口の端を上げた姫川さん。その顔は見ていることしかできない女子達を明らかに馬鹿にしたものだった。

 ガタン、と数人の女子が立ち上がったのは怒りからだ。
 ギラギラと憎しみに満ちた眼で姫川さんを睨みつけ、視線だけで姫川さんに害を加えてしまいそうな印象を受ける。
 同じクラスだが特別親しくないので彼女達のことはよく知らない。挨拶や簡単な世間話程度の会話しかしないので絵理が横からこっそりと『双子の親衛隊』だと教えてくれるまで気付かなかった。
 女の子らしい弁当箱が手を付けている途中で放り出され、使っていた箸やフォークが机の上に転がった。
 その音と先ほど席から立ち上がった音により睨み合っていた一年生の三人が姫川さんへの異変に気づき、目元を鋭くして五宮兄弟の親衛隊の彼女達を見据えた。

「ねぇねぇ、何で愛ちゃんを睨んでるのー?」
「ねぇねぇ、愛ちゃんを睨むの止めてくれないー?」
「はっ。風紀の目の前で愛華先輩へのその態度、正気か?」

 緊迫した空気が教室を支配し、それは席から立ちあがった女子達と姫川さんの取り巻きだけではなく女子と男子の間にも広がっていく。
 姫川さんを睨む視線に私と同じように姫川さんのほくそ笑んだ表情を目にした女子達が加わったことが、姫川さんを特別視していた男子達の反感を買ったようだ。
 男子からすれば嫉妬に狂った一部の女子が姫川さんを妬んでいるように見えるのかもしれない。
 確かに妬みという感情はあるかもしれない。けれど、その妬みの感情を必死に抑えていた彼女達を煽ったのは間違いなく姫川さんだ。
 自分が取り巻きの彼等にとって大切な存在だと周知させるだけでなく、それを鼻にかけた態度で女子の怒りを引き起こしたのが最大の原因。そう、彼女達に喧嘩を売ったのは姫川さんだ。
 あれだけ風紀のことを毛嫌いしている様子だった九瀬くんが、さも当然のようにその権力を振りかざすのは不自然だと思った。
 けれど、この空気になることも全て姫川さんにとっては計算の内なのだろう。
 九瀬くんが公平な立場であるべき風紀委員の権力を姫川さんのために使おうとするのも、五宮兄弟が姫川さんのために自分達の親衛隊に圧力をかけるのも、姫川さんの想い描いたビジョンの一つでしかない。
 ――……ここぞというタイミングで、慈悲深く誰にでも愛される優しい存在を演じることも。

「三人ともダメだよっ! わ、私が気付かない内に何か気に障ることをしてしまったのかもしれないし……」
「愛華先輩が悪いことなんて何もないっスよ」
「そんな風に悲しい顔をしないで? 愛ちゃんが悲しいとボク達も悲しくなっちゃうよ」
「ねぇ九瀬っち、愛ちゃんもこう言ってるみたいだし今回は穏便に済ませておこうよ」
「チッ、おいそこの女共! この件は愛華先輩に免じて見逃してやるが、二度目はないからよく覚えておけ」
「そうだよー。次に愛ちゃんに何かしたらボク達絶対に許さないからね」
「……愛ちゃん行こう? こんな所じゃなくて食堂でお喋りしようよ」

 双子の一人に手を引かれ、もう一人に背を押されて教室の中を進む姫川さん。その後ろには番犬のように回りに目を光らせている九瀬くんが居た。

 姫川さんしか自分の心の中に入り込ませていない彼等はきっと気付かない。
 怒りの感情に支配され姫川さんを睨むという形でしか想いを伝えられない彼女達が、姫川さんを大切にしすぎて本来あるべき彼等の姿を失ってしまったことに失望し始めていることに。

「うん、じゃあ場所を移動しよっか。えっと、何だか空気を悪くしちゃってごめんね?」 
「だーかーらー、愛ちゃんが悪いわけじゃないのに!」
「今は謝らずにボク達と早く食堂に行こうよ!」
「本当に愛華先輩って優しいんスね」
「やだ、優しくなんてないよぉ。本当に優しいのは、あの子達を見逃してほしいっていう私のお願いを叶えてくれた三人だよね?」

 あえて『私のお願いを叶えてくれた』の部分を強調する姫川さんに、男子は誰も気付かない。
 姫川さんを取り巻く一年生の三人を妬ましく見ている目が、先ほど怒りの矛先を向けていた女子達とそう変わりのないことにも。
 そして、そんな目で姫川さんを見続けている彼等を、対立関係になり始めた多くの女子達が冷めた眼で見ていることにも。

「ほらっ、詩織も行きましょう? 親友ならいつも一緒にいるべきだもの!」
「え、私はお弁当を持ってきているから……」
「じゃあお弁当を持って食堂に行けばいいのよ。それとも、私と一緒にいたくない?」
「う……ううん、そんなことないよ」
「良かった! 私詩織のこと大好きだから嫌われたらすごく悲しいもの」

 だけど姫川さんは気付いている。
 姫川さんに伝わり切れない想いが『親友』とされた彼女に良くない感情で向かうことに。
 姫川さんに奪われた恋情とやり切れない感情が『親友』とされた彼女に多大な害を与えることにも。
 自分に触れていた双子の手を避け、広げていた弁当を素早くまとめた学級委員長の腕を掴んで教室を出て行く姫川さんに多くの人が色々な感情を向けた。
 それと同じくらい、姫川さんに手を引かれている委員長にも多くの視線と思いが向けられる。

 ああ、ついに始まったんだと前の周を思い起こさせる現状に、私は一度強く目を瞑ってから現実を受け止めるために目を開いた。

「あっ、加奈ちゃんどこに行くの?」
「ちょっと飲み物を買ってくるね。絵理達は先に食べてて!」

 食堂に向かった姫川さん達を追い掛けるため、急に席を立った私に声を掛けてくれた絵理に早口でそう返す。
 向かうのは、前の周で嫉妬と憎悪の嵐を姫川さんが巻き起こした場所。
 嫌だ嫌だと頭の片隅で拒絶する自分がいるけれど、それを無視して私は姫川さんが中心に立つ舞台に足を踏み入れることをようやく決意した。
 その舞台に歩み寄るために進めている足取りは、意外なことに震えもせずしっかりとしたものだった。
 さあ、お姫様が華麗に踊り狂う愛に溺れた舞台の幕が今上がる――。



◇◇◇



 多くの者達の視線が集まる食堂にて、生徒会や風紀しか利用を許されていない二階席で楽しいひとときを過ごす姫川愛華。その傍らには、だらしない表情で眺める一年生の三人がいる。 
 注目を浴びながらも自分たちの世界に浸かる彼等の下へ、新たな影が三つ現れた。
 姫川の名を呼びながら至福の表情で駆けだす副会長の二宮に、その様子に目を見開いた会長の一宮と会計の三宮。

 自分がお姫様だと疑わない姫川愛華の物語が、過去の出演者と完全に出会えたことでスタートとなる。
 たとえそれが、今まで通りとはいかなくても――物語のヒロインは、己の世界を再び色鮮やかに染めるために甘い言葉と香りで周りを魅了するのだった――。
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